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歴史のとびら④ 「ジャックと豆の木」と大英帝国

 昔ばなしは、その時代に応じた解釈がおこなわれるものである。たとえば、「桃太郎」にもそれが言える。この物語は、江戸中期ごろにほぼ現在の形式にまとめられたものである。ただし、桃太郎は桃から生まれたのではなく、桃を食べたおじいさん、おばあさんが若がえることにより、子ともが生まれたという原型が残っている。
 戦前の「桃太郎」は、日本の帝国主義支配に利用された。鬼ケ島は植民地で桃太郎は日本であると見なされ、日本の植民地支配を正当化する解釈がおこなわれた。
 イギリスの昔ばなしを代表するものに「ジャックと豆の木」がある。この物語はジェイコブズという民俗学者が、大英帝国博物館の書庫に眠っていたアングローサクソン民俗の古来の原話を収集し、それを民話にしたもので、1890年に『イングランド民話集』という書名で出版され、多くの人たちに知られるようになった。
 この物語の中心は、貧しく勇敢なイギリス少年ジャックが、雲の上に住む人食い鬼から、1回目に金貨を2回目に金のたまごを産むめんどりを、3回目には金のハーブを奪い、最後には人食い鬼を殺してしまうというかなり残酷な物語である。ところが読者である子どもたちは、宝物を盗んだジャックを悪い少年だとは思わない。むしろ、人食い鬼が殺されて喜ぶのである。なぜなら人食い鬼は、少年を火であぶり食ってしまうという凶暴性を持っているから。
 『ジャックと豆の木』が出版された19世紀末のイギリスは、ヴィクトリア朝時代であった。この時代にイギリスは、アジア・アフリカなどの植民地を拡大し、大英帝国と呼ぶのにふさわしい時代となった。
 さて、この物語は、ヴィクトリア朝時代のイギリスの植民地支配を正当化する論理ときわめてよく似ている。
 人食い鬼の住む雲の上の世界とはアジア・アフリカの植民地で、人食い鬼は異教徒で異民族の植民地住民である。そして、当時のイギリス知識人の黒人や黄色人種への差別意識が、世界各国を植民地として支配することを正当化するようになった。
 植民地支配は、ジャックと同じように、はじめからうそや窃盗や略奪や殺害をめざしたものであった、とまでは言えない。しかし、ジャックがそうであったように、純粋な冒険心がうすれてやがて変質していった。甘美な音楽をかなでる金のハーブ、これはおそらく、人食い鬼の文化遺産のシンボルでもあったろう。だからジャックは、植民地の財宝や文化を収奪するさいには、それを正当化する口実が必要だった。それが、野蛮の典型と見られる食人の習慣だった。ジャック自身は、自らの目でそれを確かめたことは一度もなかったのにもかかわらず。
 この物語の再話者ジェイコブズは、被抑圧民族のユダヤ人であった。彼は、帝国主義的風潮が一世を風靡(ふうび)しているただなかで、ジャック=帝国主義者の素顔をあぶりだすことによって、時代の風潮に一矢を報いたかったのではないか、とイギリス近代史研究者の長島伸一氏は指摘する。
             参考文献 長島伸一著 『大英帝国』講談社現代新書 1989年
by YAMATAKE1949 | 2011-09-11 14:15 | 歴史のとびら