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クロムウェル⑨

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(清水書院「クロムウェルとピューリタン革命」より)
 【7】
アイルランドの侵略は何を意味するのか
(資料7)
 本国では自由の戦士であったクロムウェルも、外に向かっては自由について驚くほど無理解であり、不寛容であった。そして「聖者の軍隊」もたんなる植民地侵略軍に変貌してしまい、原住民の大量虐殺もいとわなかったのである。アイルランドを植民地として本国にしばりつけておくことに、クロムウェルはいささかの疑いももたなかった。ここには「帝国主義者」の原型としてのクロムウェルの姿が現れている。たしかにクロムウェルの意図は宗教的理念に根ざしていた。しかし、かれの遠征ののちに「緑の島」を訪れた運命は、まさしく帝国主義的植民地下のそれと異なるところはない。1652年には「アイルランド植民法」が発布されて、反乱に加担した人々からの大規模な土地の収奪が開始され、その結果、土地の三分の二は所有者を変えた。「緑の島」の景観は一変し、どこに行っても目につくのは荒廃した悲惨な情景ばかりとなった。それが今日のアイルランド問題の出発である。(今井宏・前掲書)
(解説)
 クロムウェルのアイルランドへの侵略は、国王派の反乱の拠点となっていたこの島への遠征であった。しかしその結果は、上に書かれてあるような侵略となり、イギリス帝国主義の原型となった。さらに1651年には「航海法」が制定され、オランダとの戦争が始まる。「イギリスでは政府と貿易が同じ人間によって支配されているから、商業と貿易は大発展をとげつつある」とヴェネツィアの大使が報告しているように、国家の利益を重視する国家体制が確立されているために、このような法律が成立したのであろう。(つづく)
by YAMATAKE1949 | 2013-03-15 10:18 | 人物世界史