第37回世界史講座のまとめ②(太平天国とアロー戦争)

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(東京法令「世界史のミュージアム」より)
3 太平天国とアロー戦争
1)太平天国
 アヘン戦争後、アヘンの輸入が増え、巨額の賠償金支払いによって財政もゆきづまった。これに対し、「滅満興漢」をとなえて理想の国家を樹立しようとしたのが洪秀全である。彼はキリスト教の影響を受けた上帝会を組織し、南部の広西省で蜂起して国号を太平天国と称した。太平天国は、清の打倒、財産の公有制、土地の均分、男女平等などをとなえた。(太平天国については、私のブログの人物世界史「洪秀全」を見て下さい。)
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(浜島書店「アカデミア世界史」より)
2)アロー戦争
 イギリスは中国市場へ進出したが、期待したほどの利益があがらなかった。そのため1856年、広州でおこったアロー号事件を口実にフランスをさそって共同出兵し、アロー戦争(第二次アヘン戦争)をおこした。連合軍は天津、北京を占領し、1860年にペキン条約を認めさせた。清は、公使の北京駐在、天津など11港の開港、キリスト教布教の自由、アヘン貿易の公認などを認めさせられ、香港の対岸の九竜半島の一部をイギリスに割譲した。
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by YAMATAKE1949 | 2013-05-13 09:34 | 世界史講座 | Comments(0)