第12回日本史講座まとめ②(地方支配の変化と抵抗)

5 地方支配の変化と抵抗
1)地方支配の変化
 このころになると、朝廷は、これまでの徴税方法や国郡制の維持をあきらめ、国司に徴税をまかせて地方支配を一任するようになった。
 国司は、高い官職をのぞめない中級貴族が多く、任期が短く希望者も多かったため、寺院・神社の造営費などを朝廷に寄進して、任期後に条件のよい官職をえようとする成功(じょうごう)や、同じ官職に重任(ちょうにん)される売官が一般化した。国司のなかには勝手に課税率を高くして成功のために私利をむさぼる者もあらわれた。また国司に任命されても、自分は京にいて、かわりに目代(もくだい)を派遣して政務をとらせ、収入をえる遥任(ようにん)も多くなった。任国におもむいた国司は受領(ずりょう)と呼ばれ、強い権限をふるい、なかには巨額な財産を蓄える者もあらわれた。
 『今昔物語』には、信濃守藤原陳忠(のぶただ)の「受領は倒るるところに土をつかめ」という言葉をのせ、強欲な受領としてえがいている。
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
2) 地方の抵抗
 こうした国司の過酷な収奪に苦しんだ田堵(たと)らは、国司と対立するようになっていた郡司らと結んで、朝廷に国司を告訴する愁訴(しゅうそ)や、国司への襲撃事件をあいついで起こした。なかでも988年に尾張国司藤原元命(もとなが)を訴えた尾張国郡司百姓等解文(げぶみ)は、受領の収奪のありさまと地方の実態を物語る史料として有名である。
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(三省堂「日本史B」より)
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by YAMATAKE1949 | 2015-01-26 10:09 | 日本史講座 | Comments(0)