ベネルクス3国旅行記4 (ハーグ②)

 次に私たちは、やはり17世紀のオランダの画家であるヘラルト・テル・ボルフの作品『子供の髪をとかす母(ノミ取り)』を鑑賞した。
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(子供の髪をとかす母(ノミ取り))
 ガイドブックによると、「女が優しく注意深く、子供のノミや寄生虫を取っている。女が除去に集中している間、着ているスモックから男児と推測される子供は、それが終わるのを我慢強く待っている。ヘラルト・テル・ボルフは、このような風俗画で人気を博した。その美しい作品の中で、音楽、読書或いは単に家事といった動作に熱中する主人公を生き生きと描いている。微妙な光描写が、慎重に扱った題材と顔の見事な表現力を際立たせている。目の保養になるこのタブロー(絵画)はまた、道徳も論じている。ノミ取りは、17世紀の画家や詩人にとって切り盛りのうまい主婦の美徳の一つ、秩序と清潔への関心を象徴していた。ヘラルトは、芸術を愛した父から激励され、妹ヘジーナと弟モーゼスと同様に画家となった。ヘラルトは、風俗場面に傑出した才能を発揮し、肖像画にも優れていた。」と書かれている。
 次も17世紀のオランダの画家であるパウルス・ポッテルが制作した『若い雄牛』という作品である。
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(若い雄牛)
 ガイドブックによると、「マウリッツハイスの現在の来場者の大部分はレンブラント、フェルメール、ヤン・ステーン、フランス・ハルスのタブロー(絵画)鑑賞が目的であるが、18世紀と19世紀にはパウルス・ポッテルの『若い雄牛』が人気であった。このタブロー(絵画)は、実物大の判に奇抜な写実主義で扱った表情豊かな素材を組み合わせている。雄牛の湿った鼻面と体毛にとまったハエは、オランダ絵画の模範そのものであった。ポッテルが描いたのは、実存した雄牛であったと考えられていたが、数年前にその説が覆った。注意深い観察から、体の様々な部分は一体の動物に由来するものではないことが明らかになった。角と胸垂は2歳の動物、6本の永久歯のある歯列は3歳または4歳の雄牛のものである。前躯は発達しているが、後躯は凹凸が少ない。その他、前躯と後躯が斜めであるのに体の中心部がカンヴァス画面と並行であるであるため、遠近法が損なわれている。これらのことから、様々な動物の習作を合体させてこの雄牛を描いたと結論付けられる。」と書かれている。
 次にレンブラントの弟子ホフェルト・フリンクの『椅子の傍らの少女』という作品を鑑賞した。
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(椅子の傍らの少女)
 ガイドブックによると、「氏名不詳の少女は、1630年から1640年代にかけて流行したペプラムのある白い上着とエプロンを着け、花冠と緑色のベールのついた小さな白い帽子を被っている。子供の肖像画では、モデルは当時若さと一体化させた白を着用することが多かった。長い紐の縁には、端に貴石をあしらったガラガラが下がっている。ガラガラで子供は歯を鍛えたが、幼児死亡率が高かった時代に病気や事故から守るためのお守りとしても使われた。幼児用椅子の傍らに立つ少女は、腕に麦わらかごを持ち、手にはイチジクとみられる果実を握っている。背景と腰掛けはレンブラント風筆触りでゆったり描かれているが、顔は丁寧に表現され、灰色と青の念入りなアクセントで際立つ。ホフェルト・フリンクの作風は、1640年代にゆっくりと変わっていった。レンブラントは彼に鮮明な筆遣いと茶色い色調の使用を教えたが、その年代の流行に合わせるように徐々にその絵画は滑らかになり、構図に気品が出て、色は明るくなった。」と書かれている。
 次にヤン・ブリューゲル(父)及びペーテル=パウル・リュベンスの作品である『楽園のアダムとエヴァ』を鑑賞した。
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(楽園のアダムとエヴァ)
 ガイドブックによると、「この堂々たる作品は、当時の偉大なフランドル画家二人の協力の結実である。ピーテル=パウル・リュベンスが2体の裸体を描き、ヤン・ブリューゲルが風景、植物及び動物を担当した。リュベンスの鷹揚(おうよう)な筆触りは、「ビロードのブリューゲル」と呼ばれたその凝った絵画と鮮明に区別できる。前景のアダムとエヴァの存在は、リュベンスの作風の典型である。馬、蛇、木も彼が描写した。様々な詳細から、この二人の協力が極めて密接であったことがわかる。構図全体はブリューゲル作と思われるが彼の描いた獅子と虎はリュベンスのタブロー(絵画)の引用で、作品にはこのような表現が複数含まれる。非凡な技術で鑑賞者の心を奪うこのタブロー(絵画)には、二人の作者が多数の象徴を挿入している。左端のリンゴにかぶりついている小さな猿は、原罪を予想している。それは禁断の木の実を食べようとするアダムを描写する、このタブロー(絵画)の題材である。17世紀、身体的に人類に近くても善悪を判断する資質のない猿は、悪を表すことが多かった。アダムの頭上に生い茂った葉の中で光を浴びるブドウの房は、原罪を贖(あがな)い十字架にかけられて死ぬキリストを象徴している。」と書かれている。
 私たちはマウリッツハイス美術館で約1時間30分の絵画の鑑賞を終えて外に出た。外には池があり、池から眺めたビネンホフと美術館の建物群はとても美しかった。
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(池から眺めた景色)
 私たちはバスに戻ってハーグを後にし、次の目的地であるデルフトへと向かった。ハーグからデルフトへは約14㎞、バスで約30分かかる。途中、デルフト近郊ののどかな村にあるレストランで昼食をとった。
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(デルフト近郊のレストラン)
レストランの横には川が流れており、近くにはたくさんの動物が飼われていた。その中に孔雀が羽を広げていた。
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(レストランの横の川)
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(孔雀)
 フェルメールが生まれ育ち、彼の風景画にも描かれたデルフトという街は、運河のある古い町並みが残っている本当に美しい所であった。また、この町は「デルフト焼き」という陶器で有名であるとともに、オランダ建国の父であるオラニエ公ウウィレム1世が住んだことでも有名である。
 
 
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by YAMATAKE1949 | 2016-04-27 12:27 | 旅行記 | Comments(0)