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第50回日本史講座のまとめ③ (啓蒙思想と宗教の動き)

3 啓蒙思想と宗教の動き
1)啓蒙思想の普及
 文明開化の風潮とともに欧米から伝えられた新しい自由主義・功利主義思想などの新知識が啓蒙思想家たちによって紹介・主唱され、世に受け入れられるようになった。福沢諭吉は『学問ノススメ』のなかで、「天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズト云ヘリ」と訴え、士農工商の身分制度のもとにおかれてきた国民に衝撃と感動を与えた。フランス流の天賦人権思想も、中江兆民・大井憲太郎らによって盛んに唱えられ、後の自由民権運動の指導理論となった。
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(東京書籍「図説日本史」より)
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(東京書籍「図説日本史」より)
2) 明六社
 こうした啓蒙思想家たちが集まったのは、1873年森有礼(ありのり)の提案により西洋の学会にならって結成された明六社(めいろくしゃ)であった。明六社にはその他に福沢・加藤弘之・西周(あまね)・津田真道(まみち)らが参加し、翌年には『明六雑誌』を発行して、欧米の政治や文化を紹介する啓蒙活動を精力的に行った。しかし、彼らの多くは官僚だったため、政府の方針にそうものが多かった。
3) 新聞の普及
 こうした新思想の普及に大きな役割を果たしたのが新聞の発達である。新聞はすでに幕末時代から伝えられていたが、1870年に日本最初の日刊新聞として『横浜毎日新聞』が発行されたのをはじめ、1870年代に『東京日日新聞』などが創刊され、その多くは政論新聞の色彩が強かった。このような多数の出版物が発行できるようになった理由の一つは、、1850年に本木昌造(しょうぞう)が鉛活字の活版印刷術の発明にあった。
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(三省堂「日本史B」より)
4) 宗教の動き
 政府による神道国教化は、宗教界に大きな影響をもたらした。仏教は廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)により大きな打撃を受けた。仏堂や仏像などが破壊され、数多くの貴重な仏像や美術品が国外に流出した。しかし、仏教はその後も多くの国民に受け入れられ、祖先を供養する信仰行事を中心に国民の間に定着していった。また、幕末におこった天理教・金光教・黒住教などの民衆宗教は、社会不安の増大とともに広まり、1876年以降、教派神道(きょうはしんとう)と総称され、しだいに公認されるようになった。
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(東京書籍「図説日本史」より)
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(東京書籍「図説日本史」より)
by YAMATAKE1949 | 2016-12-07 10:32 | 日本史講座