南米(マチュピチュ・イグアス)旅行記28(ナスカの地上絵④)

 私がここで購入した『ナスカの地上絵』という本によって地上絵についての情報を提供しよう。 
 ナスカの地上絵の研究は、1939年に北アメリカのポール・コソックによって調査が始められた。そして、1941年にナスカの地上絵は「世界一巨大な天文カレンダー」であると発表した。そして、その研究はドイツ人数学者マリア・ライヘへと受け継がれる。
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(マリア・ライヘ)
 彼女はナチスドイツを嫌ってペルーに移住し、ポール・コソックの助手となった。そして、その生涯を地上絵の測量と研究、保存に捧げることとなった。
 さて、一つ一つの地上絵がいつ頃描かれたものであるかを正確に判定することは難しい。しかし、1991年に行った調査によれば、パラカス文化ネクロポリス期、パラカスーナスカ文化期、ナスカ文化期の紀元前193年から紀元648年に描かれたものである。
 地上絵には、20㎝から1mの深さの溝を掘って描かれたものと、表面の石を取り除き、線の両縁にそれらの石を並べて図像を形成しながら描かれたものがある。両タイプともに風によって溝に砂がたまらないよう、消えにくい構造になっている。
 最も古い地上絵は、パラカス文化のものである。淺浮き彫りで造られたこの地上絵のモチーフには、織物や土器同様に、動物型・人間型神話的存在が用いられた。
 地上絵の意味と目的については様々な説がある。
① 地上絵が平原で行われていた豊穣の儀式に関連していたという説。
② 地上絵と地下水路、墓を関連づけて、それらが聖なる道であったという説。そして、その説に付け加えて、描線は、宗教的な目的で人々が集まるところを指し示していたという説。
③ 天文学カレンダー説。マリア・ライヘはこの説を支持し、平原にはナスカ文化の星座が表現されていると加えた。しかしながらこの説は、天文学者ホーキンスによって否定された。平原にある図像の80%以上が天文学現象とは関わりがなかった。
 その他には、住民が地上絵を描くという労働を続けることで人口の爆発的急増を防いでいたという説、平原は黒板の役目を果たし灌漑計画や地下水路をなぞっていたという説もある。さらに、呪術的行為と関連づけて、幻覚症状を引き起こす、「アヤワスカ」(向精神性の飲料)を用いて描いたものであるという説まである。
 現在、研究者の中で最も有力と考えられているのは①である。地上絵は「山々の神々」と平原内の聖なる地点を結ぶものであり、巡礼や水への信仰にも関係していたと言われている。
 私たちはナスカの地上絵を見学した後、空港からナスカ市内に戻り、レストランでランチを食べた。市内のアルマス広場には人物像が置かれていた。
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(フランシスコ・ポロネーズ像)
 現地ガイドのミゲルさんの話しでは、この像の人物はフランシスコ・ポロネーズで1879年にペルーがチリとボリビアと戦ったときの英雄だそうだ。
 ミゲルさんは日本に出稼ぎに行ったことがあり日本語はぺらぺらであった。彼は何でもよく知っており、特にペルーの元大統領藤森さんについては詳しかった。藤森さんは日系ペルー人であると知っているのに、彼のことをペルー人は皆チノーと呼んでいたらしい。チノーとはチャイナつまり中国人のことであり、ペルー人にとっては、日本人も中国人も同じだと思われているようだ。藤森さん自身も自分のことをチノー藤森と言っていたとのことだ。
 私がペルーの観光について訪ねると、年間の観光客数は300万人でそのうち日本人は20万人だそうだ。マチュピチュなどの世界遺産があるのに300万人の観光客とは少なすぎるのではないかと思った。
 昼食後、私たちはバスでリマへと戻ったが、途中に日系のペルー人が経営するお土産屋さんがあった。そこで私はペルーの名産品であるアルパカのセーターとペルー産コットンのTシャツを買った。
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(現地ガイドのミゲル)
 日系のペルー人が経営するお土産屋さんでのツーショット、大きなアルパカの人形があった。アルパカは衣類の原料として飼われており、同じラクダ系のリャマは労働のために飼われている。
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(アルパカのセーター)
 ここのお店で買ったベビーアルパカのセーター。ベビーアルパカは毛が柔らかく、アルパカが最初に刈り取った毛のことをベビーアルパカと呼ぶ。このような柔らかい毛は一度だけであり二度と生えてこないそうだ。
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(コットンのTシャツ)
 ペルーはコットンも有名で、このコットンTシャツにはナスカの地上絵が13も描かれている。
 バスがリマのホテルに着いたのは午後6時頃であった。
 翌朝、午前9時15分頃、ホテルを出発し、15分でリマの空港に到着した。
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(リマの空港)
 私たちは12時20分のロサンゼルス行きの飛行機に乗り、ロサンゼルスには午後6時頃到着した。ロサンゼルスの空港には、以前掲示されていたオバマさんの写真は下ろされていた。しかし、トランプさんの写真は掲示されていなかった。私たちは1月23日(月)の0時5分の羽田行きに乗り、約12時20分かかって羽田に到着したが、日付は1月24日(火)5時25分であった。羽田から大阪空港に乗り継ぎ、大阪に到着したのは午前9時10分頃であった。
 以上で南米(マチュピチュ・イグアス)旅行記は終わりです。長い間ブログを見ていただいてグラーシャス(ありがとう)それではみなさんアディオス(さようなら)
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by YAMATAKE1949 | 2017-03-14 11:52 | 旅行記 | Comments(2)
Commented by T.kajinami at 2017-03-23 18:24 x
ナスカの地上絵のことがべんきょうになりました。それからアルパカのセーターとコットンのTシャツとても似合っていますよ。今週の土曜日歴史講座もよろしく。
Commented by YAMATAKE1949 at 2017-03-24 09:47
コメントありがとう。
パソコンの調子が悪く「日本史講座のまとめ」が書けません。新しいパソコンを注文しましたので、4月には「日本史講座のまとめ」を書けると思います。明日よろしくお願いします。