第64回日本史講座まとめ②(財閥の経営強化と統帥権干犯問題)

5 財閥の経営強化と統帥権干犯問題
1)財閥の経営強化
 政府は、恐慌対策として、企業救済資金を出す一方で、1931年に重要産業統制法を制定してカルテルの結成を公認した。この結果、中小企業の多くが倒産する一方で、三井・三菱・住友・安田の四大財閥や、政府の保護のもとに成長してきた化学工業の日産(日本産業株式会社)・日窒(にっちつ)(日本窒素肥料)などの新興財閥は、多くの企業を吸収して経営基盤をいっそう強化していった。
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
2)統帥権干犯問題
 浜口内閣は、1930年、ロンドン海軍軍縮会議に若槻元首相や財部彪(たからべたけし)海軍大臣らを全権として送り、海軍軍令部などの反対を押し切って条約に調印した。この会議で、日本は補助艦保有トン数が米英の6.97割となったが、軍部や右翼、野党の政友会はこの調印を天皇の統帥権をおかすものだとして浜口内閣を非難・攻撃したが、これを統帥権干犯問題と呼ぶ。
 浜口首相は、元老や海軍主流派の支持を受けて条約を批准したものの、1930年、東京駅で右翼の青年によって狙撃されて重傷を負った。1931年、浜口内閣は総辞職し、かわって同じ民政党の第2次若槻礼次郎内閣が成立した。
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(東京書籍「図説日本史」より)

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by YAMATAKE1949 | 2017-07-25 10:28 | 日本史講座 | Comments(0)