第56回日本史講座のまとめ②(地主制の確立)

3 地主制の確立
1)寄生地主制の発達 
資本主義の発展は農業面にも大きな影響を与えた。1890年代になると米価をはじめ農産物の価格も上昇し、農村は比較的安定した発展を示すようになった。農業技術の向上によってコメの生産高は上昇したが、非農業人口の増大は農産物の国内需要を増し、コメの供給は不足がちとなり、日清戦争後には朝鮮などから毎年輸入するようになった。商品経済の農村の浸透は、農村の自給体制をつきくずして、商業的農業をいっそうおしすすめた。それに応じて農業協同組合もめばえ、1900年には産業組合法が成立して信用・購買・生産についての協同組合がつくられることになった。そうしたなかで農民層の分解はさらにすすみ、土地は富農そうに集められて寄生地主制が発達する傾向が強まった。地主は小作料をもとに公債や株式に投資したり、みずから企業をおこしたりして、しだいに資本主義との結びつきを深めるとともに、地方有力者として地方自治制の役職につくなど、日本の政治の基盤を形づくった.
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(三省堂「日本史B]より)
2)農村のようす
  農業は、いぜん米作中心であったが、中国やインドから安い綿花が輸入されるようになると、綿作がおとろえ絹の原料の繭をつくる養蚕が盛んになった。明治末には農家の3分の1が養蚕を副業とし、アメリカでの生糸価格の動きが農村の景気に影響を与えるようになった。また、寄生地主制が発達すると小作農となるものが増えるとともに、農村を離れて都市に流れ込み、安価な労働力として産業革命をささえた。 
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by YAMATAKE1949 | 2017-04-14 08:55 | 日本史講座 | Comments(2)
Commented by T.kajinami at 2017-04-14 12:34 x
賠償金の使い道や農村の状況がよくわかり復習になりました。
歌声もよろしくお願いします。
Commented by YAMATAKE1949 at 2017-04-17 10:13
コメントありがとうございます。
次回の日本史講座の参加もよろしくお願いします。