2015年 12月 01日 ( 1 )

日本史講座では、11月15日(日)に奈良柳生街道に行く予定でしたが、前日の大雨のために中止となりました。そのため有志7名で前日に講座で勉強した「室町文化」の竜安寺の庭園を見に行くことになりました。有志で行ったので、ブログに掲載するつもりはありませんでしたが、きれいな写真を撮ることができたので、写真を載せることにしました。
 当日、坂本さんの案内で午前9時に光明池に集合し、京大の「総長カレー」で早いお昼を食べて、バスにて竜安寺に行きました。竜安寺では庭の紅葉がきれいでした。
a0226578_10143547.jpg
(竜安寺の庭)
a0226578_10214635.jpg
(鏡容池)
 竜安寺は臨済宗妙心寺派の寺院で、室町幕府の管領、細川勝元が1450年に創建した禅寺である。
 私たちはさっそく枯山水の石庭を見学した。
a0226578_103141.jpg
(石庭)
a0226578_10314281.jpg
(石庭)
 「竜安寺の石庭」は、幅 25 メートル、奥行 10 メートルほどの空間に白砂を敷き詰め、東から5個、2個、3個、2個、3個の合わせて15の大小の石を配置している。作庭者や作庭時期、作庭の意図などは諸説があり定かではない。この庭は石の配置から「虎の子渡しの庭」や「七五三の庭」の別称がある。この石庭は、どの位置から眺めても必ずどこかの1つの石が見えないように配置されている。
 庭の北側の軒下に石造手水鉢(せきぞうちょうずばち)「つくばい」が置かれている。
a0226578_10495515.jpg
(つくばい)
 この「つくばい」は徳川光圀(水戸黄門)の寄進といわれているが、ここに置かれているものは偽物と書いてあった。「つくばい」の表面に書かれた字は、銭形の中心の「口」を共用すれば、「吾唯足知(われただたるをしる)」と読むことができる。
 「石庭」を見学した後、竜安寺の周りを散策したが美しい景色であった。
a0226578_1113911.jpg
(竜安寺の周囲の景色)
a0226578_113440.jpg
(竜安寺の周囲の景色)
 竜安寺を見学した後、坂本さんの案内で等持院(とうじいん)へと向かった。
a0226578_1154435.jpg
(等持院の門)
a0226578_11112918.jpg
(等持院の高札)
 等持院は臨済宗天龍寺派の寺院で、足利氏の菩提寺であり足利尊氏の墓所でもある。お寺の中にある霊光殿には足利氏歴代の将軍の木像が安置されていたが、残念ながら写真撮影が禁止されていた。
 このお寺の庭も素晴らしい景色であった。
a0226578_112238.jpg
(等持院の庭園)
a0226578_11231624.jpg
(等持院の庭園)
庭には茶室「清漣亭」があった。
a0226578_11415335.jpg
(茶室「清漣亭」)
 庭園があまりにも素晴らしかったので尊氏の墓所を見学するのを忘れてしまった。
a0226578_1143421.jpg
(等持院の庭園)
a0226578_11442055.jpg
(等持院の庭園)
a0226578_11445731.jpg
(等持院の庭園)
 等持院を出るとき「マキノ省三先生像」という銅像に気がついた。
a0226578_1203182.jpg
(マキノ省三像)
 牧野省三は日本映画の基礎を築いた人物であるが、この人の墓所も等持院にあることがわかった。
[PR]