4 対日占領政策の展開 
1)非軍事化
 1945年9月6日、アメリカのトルーマン大統領は「降伏後における米国の初期対日方針」を承認し、世界の反ファシズムの要求に沿い、日本の非軍事化・民主化を強調した。そのため、総司令部(GHQ)は日本政府に政治・経済・教育・文化などあらゆる分野にわたって改革を要求した。
 総司令部はまず、日本軍の武装解除と軍需産業の生産停止、戦争犯罪容疑者の逮捕、戦争中に指導的な役割を果たした軍人・政治家・実業家らの公職からの追放と右翼団体の解散を命じた。
2)民主化
 さらに総司令部は、天皇制についての自由討論の保障、治安維持法・治安警察法の撤廃、共産党員ら政治犯の釈放・特別警察の廃止などを命じた。しかし、1945年8月に成立した初の皇族内閣である東久邇宮(ひがしくにのみや)内閣は、このような改革指令を受け入れられずに総辞職した。
3)幣原喜重郎内閣
 これに代わって10月に成立した幣原喜重郎内閣は、戦前の協調外交が評価されて組閣されたが、実態は民主化をサボタージュしつつ、時間をかせぐことを目的とした内閣であった。(小学館『日本の歴史 戦後変革』)
 1945年10月、総司令部は、女性の解放・労働組合結成の奨励・学校教育の民主化・専制政治の撤廃・経済機構の民主化を求める五大改革指令を出した。さらに皇室財産を凍結させ、国家と神道との分離の指令を出して、天皇の絶対的な地位を支えてきた経済的・精神的な基盤をなくし、1946年1月には昭和天皇みずから神格化を否定したいわゆる人間宣言が行われた。
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)

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