3 東京裁判
1)A級戦犯
 1945年、総司令部は東条英機ら39名を戦争犯罪容疑者(戦犯)として逮捕し、1946年5月、容疑を審理するための極東国際軍事裁判(東京裁判)が開廷した。
 東京裁判にはアジア・太平洋の戦争での戦勝国11か国が参加し、オーストラリア人のウェッブが裁判長となった。裁判では、A級戦犯として起訴された東条英機ら28人の被告が戦争全般に対する指導的役割を果たしたかどうかをめぐって審理されたが、28名のうち、病気と免訴の3人を除き、25名全員が有罪とされた。
 裁判のなかで日本軍による侵略、例えば南京虐殺の実態などが国民の前に明らかになり、1948年12月に東条英機ら7名が絞首刑となった。
2)B・C級戦犯
 戦時中の捕虜・抑留者に対する虐待行為・非人道的残虐行為などに直接関係した人々、ならびにこれらの行為を指揮命令した人々に対する裁判は、B・C級戦犯として、連合各国軍の手で各地で行われた。
 B・C級戦犯裁判は、戦後の混乱期に現地で、各国軍がばらばらに行ったために、十分な審理を尽くされず、特に被告とされた日本人に、弁護の機会を十分に与えられず、無実の身で有罪とされ処刑された者もかなりあった。また、日本軍の上官がいっさいの犯罪を下級者になすりつけた事例が多かった。上級者ほど特権をふるうが責任は逃れるという日本の官僚制の特質は軍隊の中にも強く貫かれていた。そのために、上官の罪を着せられて処刑された下級者も多かった。下級者の中には、朝鮮人や台湾出身者がおり、彼らは軍隊内でも差別され、上官の命令で捕虜や住民に対する不法な残虐行為を行ったとして処刑された。
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(小学館『日本の歴史31 戦後変革』)

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