皆様、明けましておめでとうございます。
第70回日本史講座は、1月13日(土)午後2時より、受講者6名で行われました。

 第22章 民主化と戦後改革 
 Ⅰ 占領と民主化
1 戦後世界の開始とアジア
1)戦争の被害
 1945年8月15日、第二次世界大戦は6000万人もの死者を出し、日本の敗戦で終わった。この戦争で最大の犠牲を払ったのはソ連で、死者は約2000万人であった。その次に大きな被害を被ったのは、中国で、死者・行方不明者の数は1000万人から1300万人以上にも達し、流亡の難民と化した人口は1億人にも達すると考えられている。日本が攻撃し、占領し、支配した東アジアの国々の被害を人数だけに限って推計すると、ベトナムで200万人、インドネシアで200万人、フィリピンで100万人、日本が戦域とした地域全体で1882万人という推計が出されている。一方、日本の死者の総計が約330万と推定されており、日本が戦争でアジア諸国民に強いた犠牲の大きさにおののきを感じる。(小学館『日本の歴史31 戦後変革』より)しかし、私たち日本人の多くは戦争の認識といえば、ほとんどが空襲や原爆などの被害の面が圧倒的に強く、加害に対する認識が非常に弱い。それはなぜだろうかと受講者に質問すると、「民衆には加害についての情報が知らされなかったから」という答えであった。その答えは正しいが、それとともに、戦後の政治を担った政治家たちは、実は戦前・戦中の政治家とほとんど変わっていなかったということに根本的な原因があると私は考える。だから戦争の加害についてはできるだけ触れようとしない。それどころか保守的な政治家のなかには戦争を美化したり、中国や朝鮮人を軽蔑する発言が絶えずおこなわれているのである。
2)戦後体制のはじまり
 戦争中、アメリカとソ連は体制の違いをこえてファシズムを共同の敵として戦い、1945年10月、米・英・ソが中心となって、国際連盟にかわる国際平和維持機構として国際連合が発足した。また、1944年、アメリカなど資本主義諸国はブレトンーウッズで会議を開き、ファシズムをもたらしたブロック経済を創り出さないために、戦後の国際通貨制度の確立と貿易の自由化をはかるための機関として国際通貨基金(IMF)と国際復興開発銀行(世界銀行・IBRD)の設置を決めた。
2)アジア諸国の独立と宗主国との戦い
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(三省堂「日本史B」より)
 アジア各地では、日本の敗戦が決まると、民族の解放と独立を求める民族解放運動が起こった。朝鮮では解放された喜びに沸き、独立を訴えるハングルのビラや民族衣装のチマ・チョゴリの姿が見られた。しかし、米ソ両軍が日本軍の武装解除のために北緯38度線を境に進駐したため、分断される原因がつくられた。中国では1946年に国民党と共産党との間で内戦が再開した。インドネシアではスカルノが独立宣言し、宗主国であったオランダ軍と戦った。また、ホーチミンがヴェトナム民主共和国の独立を宣言するとフランスが植民地を取り戻そうと軍隊を派遣したため戦いとなった。その他、インド・セイロン(スリランカ)・ビルマ(ミャンマー)・マラヤ連邦(マレーシア)・シンガポール・パキスタンがイギリスから独立し、フィリピンは1946年にアメリカから独立した。


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