この島にはインド各地から移住者がやってきたが、とりわけ南インドのドラヴィダ系タミル人の侵入が顕著である。紀元前200年頃から侵入がはじまり、かれらはこの島の北部に定住しはじめた。それ以後も侵入は続けられたが、とくに有名なのが、10世紀末のチョーラ王国の侵入である。シンハラ王国は都アヌラーダプラを放棄し、ポロンナルワに移した。ポロンナルワ時代には、一時、チョーラ王国を撃退してシンハラ王国の権力が強まった。12世紀には、シンハラ王国のパラークラマバーフ1世は、南インドやミャンマーに遠征し、南アジアにおける一大勢力となった。しかし、まもなく王国は衰え、13世紀にはマレー人の侵略にあい、その後、シンハラ王国はいくつかの小王国に分裂した。14世紀には、北部のジャフナ半島に、タミル人が王国を建国した。さらに15世紀になると明の鄭和の遠征がおこなわれ、それ以後シンハラ王国は明に貢物を贈った。
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ポロンナルワの遺跡群のなかの「サトゥマハル・プラサーダ」
「上の階になるにつれ、だんだん小さくなっている7階建ての塔。この建築物はタイのワット・クークットという寺院と類似しており、タイから来た建築師が建てたものだと言われている。ポロンナルワが全盛期を迎えた12世紀頃には、この地は上座部仏教の重要な聖地とされ、タイやビルマからも僧が訪れたという。」(『地球の歩き方 スリランカ』より)
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ポロンナルワの遺跡群のなかの「ガルヴィハーラ」ここには涅槃像、立像、座像の3石造が並んでいる。「蓮の台座の上で腕を交差してたたずんでいる立像は、人生の辛さを哀れむ、悟りを開いた仏陀の姿とされている。目元や胸の上で腕を組む姿から、仏陀の深い情けが伝わってくるようだ。また、この立像には、仏陀が涅槃に入ってしまったことで悲しみに暮れている、一番弟子のアーナンダの姿だという説もある。高さ7m。瞑想をしている座仏像は、りんとして精神集中しているように見える。高さ4.6m。」(『地球の歩き方 スリランカ』より)
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