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 鄭和の南海遠征はどのような航路をたどったのか
 鄭和の年譜と詳しい記録の残っている第7回の航海記録をみながら、彼の航海のあとを地図の上でたどっていくと、彼の航海がいかに大規模なものであったかがわかる。鄭和は、27、800名の乗員を乗せた62隻の船隊を率いて、東南アジアの諸国から、インド洋・ペルシャ湾のちには紅海沿岸をへてアフリカ東海岸にいたる海域を舞台として活躍している。彼の海上活動は、1405年から1433年における29年間に、7回にもわたりくりひろげられ、訪問国は30数カ国にものぼったといわれている。鄭和の乗った主力船の大きさは、現在の8000トンクラスに匹敵し、1498年に喜望峰をまわってカリカットに到達したバスコ・ダ・ガマの船が120トンで、しかも3隻にすぎなかったことと比較すると、鄭和の船団の規模がいかに大きかったかがわかる。
 
 <資料2>鄭和の船と航海路
鄭和③_a0226578_10572070.jpg
(東京法令「世界史のミュージアム」より)
鄭和③_a0226578_10422482.jpg

# by YAMATAKE1949 | 2012-08-06 10:52