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第69回日本史講座のまとめ①(若者と女性の戦争への動員)

 第69回日本史講座は、11月25日(土)午後2時より、受講者7名で行われました。
3 若者と女性の戦争への動員
1)学校制度の変更と若者の動員
 1941年、政府は小学校を国民学校と改めた。それは、ドイツ語のフォルックスシウレの翻訳語で、第一条には、「国民学校ハ皇国の道ニ則リテ初等普通教育ヲ施シ、国民ノ基礎的錬成(れんせい)ヲ為スヲ以テ目的トス」とある。つまり、国家に貢献する人間を創り出すための学校制度を整えたのである。国民学校では、算数のほか、修身・国語・歴史・地理などの国民科といわれた科目は、最も重視された。そこでは、天皇陛下のために、命をおとすことを、最も美しく正しい生き方であると教えられた。
 1943年には、深刻な労働力不足を補うために学徒戦時動員体制確立要綱が決定され、中学3年生以上の学生を兵器生産などに勤労動員し、理科系などを除く20歳以上の学生を兵士として動員したが、これを学徒出陣と呼ぶ。1945年には国民学校初等科以外の生徒・学生は1年中、勤労動員の対象となり、授業そのものが行われなくなった。
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
 戦局が悪化すると、東京などでは高学年の国民学校生徒を地方に分散させる学童疎開がはじまり、1944年には国民学校3年以上の集団学童疎開も開始された。
2)女性の動員
 政府は優秀な兵士をつくりだすために人口増加政策をとり、女性もこれに協力させられた。1938年、子供をもち、配偶者のいない女性の生活保護を目的に母子保護法を施行し、既婚女性は「よき母親」として「よき兵士」を支える役割を負わされた。また、未婚女性は1944年に地域ごとに女子挺身隊に組織されて軍事工場に動員された。
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
 この結果、1945年には、男性人口の20%をこえる720万人が徴兵され、学徒動員は約340万人にものぼり、約50万人もの女性が動員されていた。 
by YAMATAKE1949 | 2017-11-30 10:32 | 日本史講座