生活文化の世界史(茶の世界史②)

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(帝国書院「タペストリー」より)
4) なぜ紅茶が世界で広がったのか。
 喫茶の風習がヨーロッパで最初にはじまったのは、17世紀のオランダである。ヨーロッパ人は東洋の珍しい風習を茶器とともに模倣し、茶は上流階級の間で流行した。茶は東インド会社が貿易を独占していたため、非常に高価であり、それをたしなむことはぜいたくな文化であった。同様にヨーロッパで産しない高価な砂糖を入れて飲むことは、上流階級の地位の象徴であった。
 オランダをまねて上流階級を気取る傾向が強かったイギリス社会では、紅茶は社会的地位の上昇をめざす人々にとって、あこがれの的になった。18世紀にはティー=パーティーがさかんにおこなわれた。
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(帝国書院「タペストリー」より)
 19世紀、産業革命により都市で生活するようになった工場労働者は、劣悪な住居と食生活を強いられた。そのなかで、紅茶とパンからなる「イギリス風朝食」は、労働者階級にとっても一日の活力を養う貴重なカロリー源となった。
 19世紀後半になって、インド=セイロン紅茶の栽培が本格化して大量に輸入されるようになると、茶の値段は非常に安くなり、紅茶の文化は庶民の日常生活に完全に定着した。トマス=リプトンのように、チェーン店で紅茶を大量販売する業者もあらわれた。
問 茶の値段が安くなると、経営者たちは労働者の飲み物として茶の普及を促進したが、それはなぜでしょうか。
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(帝国書院「タペストリー」より)
答 上の資料に書かれてあるように、産業革命以前の職人たちは日曜日には安い酒であるジンを飲み、月曜日は仕事にはならなかった。そこで経営者は仕事に差し障りのないジンのかわりに紅茶を飲むことを勧めたのである。
 特にイギリス人の間で茶が広がったのは、フランスや他のヨーロッパ諸国と比べると、水は別として最も飲み物の貧弱な国であった。だからフランス、イタリア、スペインといった地中海のワイン文化圏では、茶はほとんど割り込む余地がなかったのに、伝統的飲料が最も貧弱であったイギリスに茶が入りやすかったのである。
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by YAMATAKE1949 | 2013-08-30 09:22 | 授業実践 | Comments(0)