第44 回世界史講座のまとめ②(国共合作・北伐)

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(浜島書店「アカデミア世界史」より)
3 国共合作の成立
1) 国民党と共産党の成立
 五・四運動が高まる中で、孫文は革命運動の支持基盤を広げるため、国民に開かれた中国国民党を組織し、1920年に、広州に革命政府(広東政府)を建てた。また、陳独秀らはロシア革命の影響を受け、コミンテルンの指導のもとに1921年に中国共産党を結成した。
2) 国共合作
 孫文もソ連と接触を深め、1924年に国民党は共産党員の入党を認めて、第一次国共合作を成立させた。これ以降、国民党は「連ソ・容共・扶助工農」をかかげ、反帝国主義・軍閥打倒をめざして急速に党勢を拡大した。
3) 五・三〇事件
 この間に、大戦で後退していた列強の圧力が再び強まりつつあった。1925年5月、上海の日本資本の工場でストライキが起きると、イギリス警察隊が労働者のデモを鎮圧し、多くの死傷者を出した。これを五・三〇事件と呼ぶ。この事件の影響は全国に及び、列強とそれと結ぶ軍閥政府に反対する大規模な抗議運動に発展し、なかでも香港の労働者のストライキはイギリスの支配をゆるがした。
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(東京法令「世界史のミュージアム」より)
4 北伐の開始と国共分裂
1) 北伐の開始
 孫文の死後、国民党は広州で国民革命軍を組織するとともに、国民政府の成立を宣言した。1926年、孫文の後継者となった蒋介石を総司令とする国民革命軍は軍閥を倒す北伐を開始し、1927年には南京や上海を占領した。
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(中華民国の軍閥政治家1875~1928)(東京法令「世界史のミュージアム」より)
2) 国共の分裂
 北伐が進むのにあわせて、各地で農民や労働者の運動が盛んとなり、共産党の影響力が強まった。これに脅威を感じた大地主や資本家の支持を得て、1927年、蒋介石は上海で共産党への弾圧を行ったが、これを上海クーデターと呼ぶ。こうして国共両党の合作は解消した。こののち北伐は再開され、途中の済南で日本軍と衝突しながら、1928年に東北軍閥の張作霖を北京から追放した。蒋介石は南京に国民政府をおいて主席に就任し、同年末には、全土の統一をほぼ達成した。
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(第一学習社「最新世界史図表」より)
3)中華ソヴィエト共和国臨時政府の成立
 国共分裂後、共産党は地主の土地を没収して貧農に分配する土地改革を行い、農村を革命の拠点とした。1931年、江西省の瑞金に毛沢東を主席とする中華ソヴィエト共和国臨時政府が作られると、国民党軍はこれを包囲して攻撃をくり返した。
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by YAMATAKE1949 | 2013-09-30 10:00 | 世界史講座 | Comments(0)