世界史演習⑱(朝鮮史15)

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(三省堂「朝鮮の歴史」より)
1 三一独立運動以後の民族運動
1) 文化政治
 三・一独立運動は、日本の朝鮮支配のあり方を変えて行かざるを得なかった。いくら武力を強化しても、単純な武力弾圧だけでは安定させえないことが明らかになった。大地主や民族資本家の一部に、若干の自由や特権を与えて支配の中に組み込ませ、労働者や農民に対抗させ、民族的結集にくさびを打ち込む新たな支配が始まった。それが文化政治である。
 ① 朝鮮総督を陸海軍大将に限っていた制限を撤廃したが、実体は一貫して陸軍大将で占められた。
 ② 憲兵警察制度を普通の警察にかえたが、実体は警察力はかえって強化され、憲兵や軍隊もひきつづき存在した。
 ③ 内地(日本)に準拠した教育を普及したが、実体は朝鮮人の日本への同化を強めた。
 ④ 1920年以後、『東亜日報』『朝鮮日報』などの新聞や雑誌が朝鮮語で刊行されるようになったが、検閲は厳しく、削除・押収・罰金・停刊・廃刊などが日常的に行われた。
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(三省堂「朝鮮の歴史」より)
2) 産米増殖計画計画(1920~)
 産米増殖計画は、日本の食糧問題の解決、朝鮮での食糧需要に備え、朝鮮農家経済の向上という名目で行われたが、実際は1918年に起こった米騒動による食糧危機を打開しようとして計画されたものである。
 しかし、その結果は、朝鮮人の米消費量の減少、朝鮮農民のさらなる小作化(小作農の全農家戸数に占める割合も37.6%から、52.7%に増加した。農民の失った土地は主として日本人地主に集積された。)が進み、在日朝鮮人が増加されていった。
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(東京書籍「図説日本史」より)
3) 関東大震災と朝鮮人虐殺(6000名以上の虐殺)
 1923年9月1日、関東大震災が起こると、「朝鮮人が放火している」とか、「井戸に毒を投げ込んでいる」とか、全く根拠のない流言を助長し、日本政府・軍・警察が一体となって、多数の朝鮮人・日本人社会主義者を逮捕・殺害した。そして、民族排外主義に毒されていた日本人大衆のあいだでも、このデマを信じ、各所で自警団をつくり、みさかいもなしに朝鮮人を虐殺するという事態がくりひろげられた。
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(三省堂「朝鮮の歴史」より)
4) 六・一〇万歳運動(1926年)
 朝鮮王朝の最期の王であった純宗の死去を機会に6月10日に「独立万歳」の示威運動が展開された。「われわれの教育はわれわれの手にまかせよ、日本帝国主義を打倒せよ、土地を農民に返せ、八時間労働制を採択せよ。」とビラがまかれた。
5) 光州学生抗日運動(1929年)
 この運動は、朝鮮人女学生を日本人中学生が侮辱したことで、朝鮮人学生と日本人学生が衝突したことから始まった。これに対し日本の警察が一方的に朝鮮人学生だけを検挙した。そのため光州市内の朝鮮人学生は、植民地差別教育撤廃・朝鮮独立万歳を叫んで決起した。やがてこの運動は朝鮮全土に波及し、各地で同盟休校と示威運動が展開され、参加した学校は194校にのぼった。
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by YAMATAKE1949 | 2013-11-05 10:06 | 授業実践 | Comments(2)
Commented by f-nobu at 2013-11-06 09:45 x
朝鮮史、再開読ませて頂きます、だけど、辛いね。
Commented by YAMATAKE1949 at 2013-11-07 11:12
コメントありがとうございます。辛いけれどもドイツの元大統領ワイゼッガーがいうように「歴史に目を閉ざせば現代は盲目となる。」というように、私たちは歴史の真実を学ばなければならないと思います。