第45 回世界史講座のまとめ①(トルコ革命・西アジアの民族運動)

 第45回世界史講座は11月9日(土)午後2時よりおこなわれました。10月の第2土曜は私がウクライナ・モルドバ旅行のため、また第4土曜は出席者が少ないために休講となりました。本日は久々の世界史講座で受講者は6名でした。
6 トルコ革命
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(東京法令「世界史のミュージアム」より)
  第一次世界大戦でやぶれたトルコは、セーヴル条約で多くの領土を失い、残ったアナトリア地方も連合国が進出した。これに対してトルコの軍人であったムスタファ・ケマルを中心にアンカラに革命政権を樹立して、侵入したギリシア軍と戦い勝利した。その結果、1923年にローザンヌ条約でトルコの独立が承認された。また、スルタン制が廃止されてトルコ共和国を樹立し、彼は初代大統領に選ばれた。彼はトルコ国民党の一党独裁政権を樹立し、首都をイスタンブールからアンカラに移すとともに、政治と宗教の分離、トルコ語のローマ字化など西欧をモデルとする改革をすすめた。彼はアタチュルク(トルコの父)と呼ばれ、現在もトルコ国民から尊敬されている。
7 西アジアの民族運動
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(東京法令「世界史のミュージアム」より)
1) エジプト
 エジプトは大戦中、イギリスの保護国となった。戦後、ワフド党を中心に反英運動がおきると、1922年、イギリスはエジプト王国の独立を認めた。しかし、スエズ運河の管理権はイギリスに残された。
2) サウジアラビア
アラビア半島は、サウド家のもとに、1932年、サウジアラビア王国が建国されたが、イギリスの影響下にあり、また、石油採掘開始後は、石油会社をつうじてアメリカとの関係が強くなった。
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(浜島書店「アカデミア世界史」より)
3) イラン
イランは、第一次大戦前からイギリスとロシアの干渉を受けていたが、ロシア革命のために、ロシアの勢力が後退すると、イギリスに全土を占領された。これに対し、民衆の抵抗運動が広がったが、1921年、軍人のレザー・ハーンがクーデターにより、パフレヴィー朝を樹立し、1935年には国名をイランに定めた。この王朝は1979年のイラン革命(ホメイニ革命)までイラン王国を統治した。
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by YAMATAKE1949 | 2013-11-10 10:38 | 世界史講座 | Comments(3)
Commented by f-nobu at 2013-11-11 19:07 x
図解入りで、講義内容がすごく、よく解ります、有難う。
Commented by YAMATAKE1949 at 2013-11-12 09:30
コメントありがとう。それにしてもイギリスの三枚舌外交はひどいですね。
Commented by 職務経歴書の書き方の見本 at 2013-11-26 11:28 x
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!