行基の足跡をたずねて①

 11月17日の日曜日に私たち夫婦は、「堺百舌鳥野歴史ウォーク2013」(行基の足跡をたずねて)に参加してきました。
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(コースの地図)
 午前8時30分に百舌鳥八幡宮に集合し、主催者の挨拶などを終えて、いよいよ私たちは9時に出発しました。
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(百舌鳥八幡宮)
 今回はスタンプラリーとなっており、ゴールの百舌鳥八幡宮を入れて、8つのスタンプを押さなければならない。最初の目的地はけんさき広場で、百舌鳥八幡宮から3.4㎞ある。主催者からもらった資料によると、けんさき広場は、「百済川と石津川の合流点。江戸時代から石津川では木綿が晒され、下流には蛭子命(戎さん)が天磐樟船に乗って漂着したという伝説がある。」と書いてある。百済川という名は大阪の各地に残っている。現在、大阪市内のコリアタウンの近くを流れている平野川も昔は百済川と呼ばれている。古代に朝鮮半島から技術者集団として渡ってきた渡来人が多く住んでいた所だといわれている。おそらくこの辺りも渡来人が多く住んでいたのであろう。資料にあるように、今でも川沿いには木綿の晒しを染める工場が残っており、化学染料の臭いがしていた。資料にある「蛭子命」とは、古事記の記述にイザナギイザナミとの間にできた最初の神であるが、不具の子に生まれたため流されてしまう。流された蛭子神が流れ着いたという伝説は日本各地に残っており、この地域もその一つであろう。また、漂着物をえびす神として信仰するところが多く、ヒルコがえびす(戎)と同一視されるようになった。また、資料の「天磐樟船」とは、「あめのいわくすふね」と読み、日本書紀によれば、「神が乗る船 くすのきで作られた丸木舟)に載せて 風の順(まにま)に放ち棄つ 」と記述されている。
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(家原寺)
けんさき広場の次の目的地は家原寺であり、出発地点から5、7㎞ある。資料によると、家原寺は「行基が慶雲元年(704年)37歳の時に、母方の実家のあった当地に建立された。本尊は文殊菩薩で日本三大文殊に挙げられる。境内に『行基菩薩誕生塚』がある。」と書いてある。
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(家原寺の仁王さん)
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(家原寺の仁王さん)
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(家原寺の案内板)
 さらに家原寺の「案内板」によると、「飛鳥・奈良時代の高僧行基(668~749)は、この地で生まれ、仏教の民間布教と同時に、灌漑用の溜池を造るなどの社会事業を推し進めました。」とあり、また「本尊の文殊菩薩は『知恵の文殊』として一年を通して数多くの参拝者があり、特に受験生が多く、合格祈願に訪れることで有名です。」とある。娘の高校受験の時に私たち夫婦も一緒にこの寺に来たことを覚えている。
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(お寺の周りには合格祈願の布が貼られている。)

 
 
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by YAMATAKE1949 | 2013-11-18 10:07 | その他 | Comments(0)