世界史演習39(キリスト教の歴史⑫)

5 宗教改革
1) ルターの宗教改革
 1517年にルターは、免罪符の販売を批判して95か条の論題を発表し、教皇権・教会制度を否定し聖書中心主義・信仰至上主義を主張した。これに対し皇帝はルターを弾圧したが、ルターはザクセン侯の保護を受けて抵抗し、以後カトリックに対して抵抗する新教をプロテスタントと呼ぶ。
(ドイツ旅行記には、ルターに関する記述があるので参照して下さい。)
 「その後、粗末な木製の渡り廊下を通って、マルティン・ルターの部屋に入った。1517年、ルターが「95カ条の論題」を発表して宗教改革を始めると、教皇による破門、皇帝による弾圧が行なわれたが、彼を保護したのがザクセン選帝侯であった。ルターは、ヴァルトブルク城の質素な部屋で、1521年5月から翌年の3月までの10ヶ月間、新約聖書をドイツ語に訳したのである。部屋にはテーブルや椅子が置かれていたが、すべて後に設置されたもので、壁や柱だけが当時のものである。壁には黒ずんでいるところがある。それはルターが仕事をしているときに悪魔がやってきて、ルターを惑わしたために、悪魔に向かってインクの瓶を投げつけたために黒く残った染みであるといわれている。」(ドイツ旅行記より)    
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(ルターの部屋)
2) カルヴァンの宗教改革
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(第一学習社「最新世界史図表」より)
1534年 スイスで宗教改革運動(ツヴィングリの改革運動を継承)
1536年 『キリスト教綱要』発表→予定説は商工業者の支持を広げカルヴァン派は、イギリスではピューリタン、フランスではユグノー、オランダではゴイセンと呼ばれ、各国に広がった。
(予定説)
 魂の救済は人間の意志や行為によるものではなく神によって最初から予定されている。すべての職業を平等とし、勤労の結果としての営利蓄財を認めた職業倫理観。(世界史事典より)
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by YAMATAKE1949 | 2013-12-12 09:53 | 授業実践 | Comments(0)