第50回世界史講座のまとめ②(日本の敗戦と大戦の終結)

7 日本の敗戦と大戦の終結
1) 沖縄戦
 1944年7月に太平洋のサイパン島が陥落して、日本本土への米軍の爆撃が本格化した。さらに米軍はフィリピン、硫黄島を攻め落とし、1945年3月には沖縄に上陸して激しい戦闘の末これを占領した。このとき、多くの民間人が戦闘にまきこまれ、犠牲となった。
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
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(東京書籍「図説日本史」より)
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(東京書籍「図説日本史」より)
2) 原爆投下
 1945年7月、米英ソの3国はドイツのポツダムで会談し、ドイツの国際管理に関する協定を締結するとともに、日本に無条件降伏を求めるポツダム宣言を出した。
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
 ポツダム会談については、このブログの「ドイツ旅行記①」に会談にまつわる興味深い話を書いていますので、ぜひご覧下さい。
 そして、戦争の早期終結と戦後世界で優位に立とうとしたアメリカは8月6日に広島に原子爆弾を投下し、9日にも長崎に投下した。
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
 一方、ソ連は1945年2月のヤルタ協定にもとづき、日ソ中立条約を無視して8月8日に日本に宣戦し、満州に侵攻した。
2) 大戦の終結
 こうして、8月14日、日本はついにポツダム宣言を受諾し、連合軍に無条件降伏し、翌15日、天皇の放送で国民にこれを伝え、第二次世界大戦は日本の敗戦で終結した。
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by YAMATAKE1949 | 2014-04-06 10:01 | 世界史講座 | Comments(2)
Commented by 田鶴 at 2014-08-18 10:46 x
拝見いたしました。何故こんなことになってしまったのでしょうか。制空、制海権を奪われたら到底勝ち目が無いので、普通はここらでそれなりの休戦となるはずです。しかし日本は損害もかまわず、戦い続けていた、何故なのか。何故なのか・・・・ 1944.6月で実は敗戦だった。1944.7月からは終戦に向けての人員殲滅作戦が行われた。本土に残された働き盛りの人々は、南島に出征させ、全ての占領地で玉砕、生きては戻さないと、生き恥をさらすなとして、各地の将兵を本土には戻さなかった。関東軍もソ連が侵攻し、シベリアに抑留、本土には戻さなかった。原爆では、陸軍の第二中心の勢力が全滅。戦艦大和も裸で突撃し全滅。若者は特攻隊で、つまり中心兵力は全てそれなりの方法で全滅させた。勿論非戦闘員も、全土の主要都市は無差別空爆で、活動力の中心となる人々はほぼ殲滅した。これらは戦力が無く一方的にやられっぱなし、とにかく1945.8月まで戦わされた。何故なのか、その目的はただ一つ、本土から活動力のある人々を一掃した後、終戦にすることだった。敗戦後のロシアで起きたようなが起きかねない。1944.7月からは戦争ではなく終戦に向けての一方的な有用人員整理、殲滅作戦であった。
Commented by YAMATAKE1949 at 2014-08-19 09:23
コメントありがとうございます。なぜ日本は戦闘能力がないのに戦争を継続したのか。日本政府は「国体護持」つまり天皇制を維持するために国民を犠牲にしたのだと思います。「ポツダム宣言」を無視したのも天皇制を維持するためであり、その結果、原爆が投下され、多くの市民が犠牲を払ったのです。コメントに書いてあるような、革命を避けるために「有用な人員整理、殲滅作戦」を行ったというのは少し考えすぎではないでしょうか。