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ポーランド旅行記24(ワルシャワ⑥)

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(遠くから見た王宮広場)

 王宮広場の見学後私たちはトイレ休憩となったが、休憩所から王宮広場がきれいに見えた。王宮の横には美しい教会が建っていたが聖アンナ教会である。
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(聖アンナ教会)

 この教会は1454年にベルナルド会の修道院として設立されたもので、当初はゴシック建築であったが、後に新古典主義に建て替えられた。横の細長い建物は16世紀にルネサンス建築の鐘楼として増築されたものである。
 私たちはバスで最後の見学地であるワジェンキ公園へと向かった。バスは昨日通ったクラクフ郊外通りを走ったが、そこには大統領官邸やワルシャワ大学などが並んでいた。昨日見られなかったコペルニクス像がポーランド科学アカデミーの前に立っていた。
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(ポーランド科学アカデミー前のコペルニクス像)

 バスに乗って15分ほどでワジェンキ公園に着いた。この公園はヨーロッパで最も美しい公園のひとつに数えられているが、18世紀にポーランド最後の王となったアウグスト2世によって1766年から30年もの歳月をかけて造営された公園である。公園の中には王の夏の離宮として建てられたワジェンキ宮殿、別名水上宮殿がある。ワジェンキとは「浴場」の意味で、公園内にすばらしい浴場がたくさんあったからそう呼ばれるようになった。
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(後ろから見たワジェンキ宮殿)
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(前から見たワジェンキ宮殿)

 公園に入ってすぐに目についたのがユゼフ・ピウスッキ像である。
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(ユゼフ・ピウスッキ像)

 現地ガイドのアレキサンドラさんによると、彼は「ヴィスワ川の奇跡」で活躍した英雄で、後にポーランド共和国の初代国家元首、国防相、首相となった人物であると教えてくれた。
 「ヴィスワ川の奇跡」とはロシア革命後の干渉戦争と内戦の混乱に乗じて、ポーランドがソ連に侵攻したが、1920年4月以降は赤軍が反撃を開始し6月にはワルシャワを包囲した。しかしユゼフ・ピウスッキ率いる騎兵部隊により、ポーランド軍は奇跡的に赤軍を撃破することができたのでこの名がある。彼は1926年にクーデターにより独裁者となり、国家元首や国防省、首相となったが、今でも国民の人気は非常に高い。
 彼と日本との関係は深く、資料によると「兄のブロニスワフと共に、ユゼフも日本と深い縁があった。日露戦争下の東京へ、ポーランド軍蜂起の計画書や日本とポーランドの同盟案の覚書を持参してきた。政府による大規模な協力は得られなかったが、日本に対しては好印象を持ち続け、後の独裁者の地位にあった1928年には、日露戦争時に軍功のあった日本軍将校たち51名に勲章を授与している。 ピウスツキ家の男系はポーランドでは絶えており、日本にのみいる。彼らはユゼフの兄ブロニスワフ(樺太で樺太アイヌの女性と結婚)の息子の家系で、現在横浜に住んでいる。」と書かれている。
 ワジェンキ公園で最も有名なのはショパン像であろう。
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(ショパン像)
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(ショパン像)

 この像はポーランドの公園設計家として有名なヴァツワフ・シマノフスキが造ったもので、像は風に揺れる柳の木の下に座り、故郷マゾフシェの自然に耳を傾けるショパンをアールヌーヴォー様式で表現したものであるといわれている。この像は1926年に創られたが、1940年 ナチス・ドイツによってワルシャワが占領され攻撃された時、この像も破壊されてしまった。しかし、戦後ポーランド国民の熱望により、残った写真や複製の像によってオリジナルに忠実に復元され1958年にもとの場所に戻った。
 現地ガイドのアレキサンドラさんによると、5月から9月までの毎日曜日にショパン像の下でショパンコンサートが無料で行われていると教えてくれた。私たち夫婦は、次回は季節のいい時期にショパンのコンサートを聴きに来ようと話し合った。
 公園には可愛いリスがあちこちで見られた。
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(可愛いリス)
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(可愛いリス)

 リスは餌をくれるのを待っているのか私がカメラを近づけても逃げなかった。ワジェンキ宮殿の近くには孔雀が飼われていた。
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(ワジェンキ宮殿の孔雀)

 私たちはワジェンキ公園の見学を終えてワルシャワ空港へとバスで向かった。13時5分にワルシャワ空港を飛び立ち、ヘルシンキを経由して関西空港に到着したのは2月9日(月)の午前10時頃であった。
 「ちょいとポーランド7日間」というツアーであったが、結構充実した旅行であり、「ポーランド旅行記」も24回もかかってやっと大阪に帰ってくることができた。
 みなさま、ポーランド旅行記を読んでくれてディエンクゥイェン(ポーランド語でありがとう)それでは、ドヴィゼニア(ポーランド語でさようなら)
by YAMATAKE1949 | 2015-03-12 11:55 | 旅行記