第35回日本史講座まとめ④ (寛永期の文化)

 Ⅳ 寛永期の文化
1 学問と美術
1) 特色
 寛永期は幕藩体制が確立した時期であり、幕府や諸藩は封建教学として積極的に儒学を保護育成するとともに、徳川氏の霊廟として日光東照宮が建築されるなど、武家文化の特色を持つている。一方、桃山文化を継承し、京都の上層町人の洗練された王朝文化風の特色も兼ねそなえた文化といえる。
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(東京書籍「図説日本史」より)
2) 儒学
 学問の中心は儒学で、なかでも大義名分と身分秩序を重んじる朱子学が支配思想として台頭した。特に、朝鮮朱子学に影響を受けた藤原惺窩(せいか)の門人林羅山が幕府の顧問として重用され、子孫は幕府の文教政策を担当した。
3) 建築
 幕府は、家康を神格化するため、家康をまつる日光東照宮に装飾工芸の粋を集め、富と権力を象徴する豪華な霊廟建築を完成させた。
 一方、書院造りの中に茶室建築の趣向を取り入れた数寄屋造(すきやづくり)と呼ばれる建築が盛んとなり、庭園を調和させた桂離宮や修学院離宮など風流雅趣(がしゅ)をきわめた回遊式庭園が造られた。
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
4) 絵画
 絵画では前代に全盛をきわめた狩野派から狩野探幽(たんゆう)が出て幕府の御用絵師となり、活動の場を江戸に移して画壇の派遣を握った。しかしその画風はしだいに保守的になり、独創性を失っていった。
 大和絵の土佐派も、土佐光起(みつおき)が朝廷の絵所預(えどころあずかり)の地位を回復したが、その地位に安住して画風が停滞した。
2 町衆の文化
1) 京都の文化興隆
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
 京都の町衆の間から、伝統的な様式に新たな時代感覚を加えた、装飾風の絵画と工芸が生まれた。本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)は気品の高い茶器を造るとともに、書道では光悦流と呼ばれる書風をはじめ、蒔絵でも傑作を残すなど寛永期を代表する文化人であった。
 彼の影響を受けた俵屋宗達(たわらやそうたつ)は桃山障壁画の洗礼を受けて独特の柔らかみのある装飾豊かな画風を生み出した。
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
2) 文学・芸術
 文学は室町時代のお伽草子の流れを受けた仮名草子は、教訓・啓蒙意図をもった通俗的作品で、文学的には未熟であった。
 連歌の発句(ほっく)だけを独立させた俳諧(はいかい)は、京都の松永貞徳によって確立され、貞門派をつくりだしたが芸術的な価値は乏しかった。
3) 陶磁器
 茶道の普及や暮らしの安定は、焼き物の需要を増大させた。特に、西国を中心に、秀吉の朝鮮侵略で連行された朝鮮人陶工(とうこう)の手による新しい窯業(ようぎょう)が生まれた。李参平(りさんぺい)が開いた肥前有田焼は、酒井田柿右衛門が上絵付けの技法による赤絵(あかえ)の磁器を完成させ、中国製品にかわって海外に輸出され、積み出し港の名前である伊万里焼きとして有名となった。
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
 
 次回の第36回日本史講座は、3月12日(土)午後2時より行われる予定です。 
 
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by YAMATAKE1949 | 2016-03-02 10:05 | 日本史講座 | Comments(2)
Commented by 梶並 利光 at 2016-03-07 20:11 x
歴史講座のまとめを閲覧しました。大変参考になり、次回が楽しみです。
Commented by YAMATAKE1949 at 2016-03-08 11:52
梶並さんコメントありがとう。
次回は綱吉の政治ですが、江戸時代もいろいろありますね。
ぜひ旅行記などのブログも見て下さい。