ベネルクス3国旅行記5 (デルフト)


この市庁舎は、17世紀初めの大火で焼失した旧市庁舎の跡地に、彫刻家のヘンドリック・カイセルによって建造された。ルネサンスとバロックの混合様式で、塔は唯一焼け残った13世紀のものである。
市庁舎の向かいに建っているのが新教会である。

名前は新教会と付けられているがデルフトにあるもう一つの古い教会よりも新しいというだけで、創建されたのは1381年と古く、増改築を重ねて15世紀に完成した。ここには建国の父オラニエ公ウィレム1世が埋葬されたことから、オランダ王家のメンバーは、この教会に葬られるようになった。また、フェルメールが洗礼を受けた教会でもある。108.75mもの高さがある鐘楼から美しいカリオンの音色が聞こえてきた。この教会の横には大きなグロティウスの銅像が立っていた。

1583年にデルフトで生まれたグロティウスは神童で、11歳の若さで大学に入学した。彼は哲学者、劇作家、詩人でもあり、『戦争と平和の法』を著して、自然法に基づく国際法の基礎を作ったことから、「国際法の父」と称されている。彼もこの教会に眠っている。
マルクト広場から美しい運河沿いの旧市街を6分ほど歩くと、旧教会が見えてきた。


旧教会はその名のとおり古い教会で、13世紀から15世紀の2世紀にわたって建てられた。この教会は増築と修築を何年にもかけて行われたが、地盤沈下を防ぐことができず塔は傾いている。フェルメールはこの教会に眠っている。
現地ガイドの中川さんの話では、この運河を真っ直ぐ行くとフェルメールが描いた『デルフトの眺望』の場所に行くことができると教えてくれたが、残念ながらその場所には行くことができなかった。

オランダはチーズの盛んな国で、店の前に牛の置物のあるチーズ屋さんがあった。

次に私たちはバスでデルフト焼きの工房見学へと向かった。17世紀にオランダ東インド会社から船で運ばれた明の景徳鎮の陶磁器や日本の古伊万里や柿右衛門の絵付けが模倣され、デルフト陶器を生み出した。
デルフト焼きの工房では、絵付けの様子を見学することができた。


工房見学の後、私たちはバスでベルギーの都市ブルージュへと向かった。デルフトから約195㎞、所要時間は約3時間である。
シェンゲン協定により国内旅行と同じようにオランダからベルギーに行くことができる。バスは高速道路を走っており、いつ国境を越えたのかわからなかった。バスは予定通りベルギーの街ブルージュに到着した。ブルージュのレストランで夕食をとったが、レストランの横には池があり、そこにはたくさんの白鳥が泳いでいた。
