ベネルクス3国旅行記22 (オルヴァル)

 第6日目(観光5日目)
 4月16日(土)午前9時、私たちはバスでルクセンブルクのホテルからオルヴァルに向かって出発した。オルヴァルはルクセンブルクから西に約70㎞、所要時間は約1時間30分である。私たちは国境を越えて再びベルギーに戻ったが、ヨーロッパ連合の国々はほどんどシェンゲン協定に加盟しているため、パスポートなしで国内旅行のように自由に移動できる。
 バスは予定より少し遅れ、午前10時50分頃にオルヴァルに到着し、ここの専属のガイドさんの案内で古い修道院の廃墟などを見学した。
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(現在のオルヴァル修道院)
 オルヴァルはベルギーのワロン地域、リュクサンブール州にある地名である。ここに修道院が建てられたのは1076年と古く、イタリアからベネディクト派の修道士達がこの地に招かれ、修道院が開設され、建物が完成したのは1124年のことである。なぜこんなアルデンヌの森深い場所に修道院が設立されたのかというと、大変興味深いお話がある。それが、「マテルドの泉」伝説である。
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(マテルドの泉)
 1076年、この地方の領主であるイタリアのトスカーナからやってきたマテルド伯爵夫人が、狩りの途中に谷にあった泉のほとりに腰を下ろした時、ふとしたはずみで亡き夫の結婚指輪を泉の中に落としてしまったのである。悲しみにくれる夫人は、近くにあった祈祷所で、聖母マリアに祈りを捧げ、「指輪がかえってきたならば、この地に修道院を建てます」と祈願した。 泉に戻ってくると、突然泉から一匹の鱒(ます)が指輪をくわえ水面へと姿を現したのである。 マチルド夫人は喜び驚いて「本当にここは黄金(オル)の谷(ヴァル)だわ!」と叫んだ。 これにちなんで、この地をオルヴァルと呼ぶようになった。
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(マテルド夫人と鱒)
 この修道院は1132年にフランスからシトー会の修道士グループが来てベネディクト派と合流する。1252年には火災により焼失し100年かかって再建される。また1637年には三十年戦争の時に掠奪を受ける。さらに1793年のフランス革命時にフランス軍によって焼き討ちされ破壊される。
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(廃墟となった修道院の跡)
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(廃墟となった修道院の跡 赤くなっているところは火災の跡)
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(廃墟となった修道院の跡)
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(廃墟となった修道院の跡)
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(廃墟となった修道院の跡)
 ようやく1926年になってトラピスト修道院として新しく建設し再建が開始される。建設資金を得る手段として1931年にビールの醸造が開始され、翌年から販売を開始した。そして、ついに1948年に新修道院が完成した。
 現在オルヴァルは修道院よりもビールの銘柄として世界中に知られている。オルヴァルビールは、トラピストビールに属している。トラピストビールというのはトラピスト派修道会に属する修道院でつくられるビールのことで、そう名乗れるのは世界でたったの6ヶ所のみで、そのうちの5ヶ所がベルギー、あとの1ヶ所はオランダにある。
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(現在のオルヴァル修道院とビール醸造所の模型)
 見学後、この修道院が販売しているオルヴァルビールとグラスがセットになったものをお土産に購入した。
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(オルヴァルビールとグラスがセットになっている)
 ランチは修道院近くのレストランで郷土料理を食べたが、サービスにオルヴァルビールが付いていた。
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(オルヴァルビール)
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(前菜はパンプキンスープ)
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(メインはグラタン)
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(デザートはクリームブリュレ)
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(コースターには鱒が金の指輪を咥えている絵が描かれていた。)
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by YAMATAKE1949 | 2016-05-21 10:10 | 旅行記 | Comments(0)