ベネルクス3国旅行記23 (マーストリヒト)

 オルヴァルのレストランでランチを食べた後、私たちはバスでマーストリヒトへと向かった。オルヴァルから距離で約182㎞、所要時間は約1時間30分の行程である。
 ベルギーの第5番目の都市であるリエージュを午後3時10分に通過し、国境を越えてオランダのマーストリヒトに到着したのは午後3時45分頃であった。
 マーストリヒトは、1992年にヨーロッパ共同体(EC)がヨーロッパ連合(EU)となった条約が結ばれた都市である。なぜこの都市で条約が結ばれたのかというと、この都市はヨーロッパの中で最も紛争が絶えなかった都市であり、20回以上も他国に占領された過去を持つ。そのためヨーロッパ統合をめざす国々にとって、条約を締結するにふさわしい都市と認められたからであろう。
 この都市の歴史は古く、西暦98年にオランダで最初にローマ帝国から都市権を得るよりも500年前には、ケルト人がつくった町が存在していた。名前の由来は、都市を流れるマース川をまたぐ(トリヒト)というところからきていると現地ガイドのオリバー・タニアさんが話してくれた。
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(タニアさん)
 タニアさんの案内で、私たちが最初に訪れたのは市の城壁の跡だった。
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(13世紀の城壁の跡)
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(13世紀の城壁の跡)
 16世紀には武器庫となっていた。
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(城壁の門)
 城壁の東の端には地獄の門という名前の門があった。
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(地獄の門)
 これは1229年に建造されたオランダ最古の市の門である。門の先には18世紀にペストハウスが建てられ、ペスト患者達はこの門を通ってペストハウスに送られて隔離された。そのため地獄の門という名前が付けられた。
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(地獄の門近くの景色)
 しばらく歩いていると古い水車が目に付いた。
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(古い水車)
 タニアさんによると、この古い水車は皮なめしに利用していたとのことである。
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(13世紀の城壁の跡)
 タニアさんが17世紀の水車を案内してくれた。
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(17世紀の水車)
 この水車は元は木製であったとのこと。この水車を使って小麦粉を作り、今でもパン屋を営んでおり、私たちはパン屋さんの内部を見せてもらった。
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(水車を使って小麦粉を作っている)
 その後私たちはカトリック教会のノートルダム寺院へと歩いた。
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(ノートルダム寺院)
 この寺院は12世紀のロマネスク様式で造られたもので、教会入り口脇の小さな礼拝堂には15世紀のマリア像があり、ろうそくの光のなかにかすかに見えた。
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礼拝堂)
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(マリア像)
 次に私たちはフライトホフ広場に行き、聖セルファース教会と聖ヤンス教会の建物を見学した。
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(聖セルファース教会)
 この教会はオランダで最も古いカトリック教会のひとつで、6世紀から建造が始められた。聖セルファースはマーストリヒトの守護聖人で、4世紀にマーストリヒトの司教となった人である。384年にこの場所に葬られたのが教会の起源となった。
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(聖ヤンス教会)
 この教会は聖セルファース教会の南隣にある。タニアさんによると、高さ70mの赤い塔をもつゴシック建築の教会は、1216年頃にカトリック教会として造られたが、17世紀にはプロテスタント教会として使用されるようになった。
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(聖セルファース教会と聖ヤンス教会が列んでいる)
 さらに私たちはマルクト広場にある市庁舎を見学し、夕食の後ホテルへと向かった。
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(市庁舎)
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by YAMATAKE1949 | 2016-05-22 12:30 | 旅行記 | Comments(0)