ベネルクス3国旅行記34 (アムステルダム観光④)

 ダイヤモンド工房を見学した後、私たちは市内中心部で解散し、約2時間30分のフリータイムとなった。しかし、ほとんどのツアー参加者は、添乗員さんにダム広場の近くにあるスーパーまで案内してもらい、そこで夕食用の食料品などを買った。
 ダム広場の前には王宮が見えた。
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(王宮)
 ガイドブックによると、「現在は迎賓館として使われている。1655年にヤコブ・ファン・カンペンの設計により市庁舎として建てられたが、フランス侵略時代の1808年にルイ・ナポレオンが王宮として接収した。その後アムステルダム市に返還されたが、市がオランダの新王家に献上し、現在にいたっている。」と書かれている。
 私たち夫婦はスーパーでの買い物を済ませて、アンネ・フランクの家へと向かったが、途中いくつもの橋を渡った。
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(橋から見える運河)
 橋を渡るとアールヌーヴォースタイルのショッピングアーケードが見えた。
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(ショッピングアーケード)
 アンネ・フランクの家の近くに行くと西教会が見えてきた。
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(西教会)
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(西教会)
 西教会は運河クルーズの時にも紹介したが、この教会の共同墓地に1669年にレンブラントが葬られている。
 アンネ・フランクの家の前には、入場を待っているたくさんの人達の行列ができていた。
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(アンネ・フランクの家の前の行列)
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(アンネ・フランクの家の入口)
 ガイドブックによると、「フランクフルトから逃げてきていたアンネ・フランク一家は、1944年にゲシュタポに発見されアウシュビッツ強制収容所に送られるまでの2年間を、この隠れ家で暮らした。一家が住んでいた裏側の建物に通じる回転式本棚や、アンネが日記を書き続けた屋根裏部屋など、当時の生活をしのばせるものがそのまま保存され、戦争の悲惨さと狂気があらためて実感として迫ってくる。」と書かれている。私たち夫婦は時間がないので、入場をあきらめてアムステルダムの散策へと向かった。
 次に私たち夫婦はアムステルダム博物館の建物を見てペギン会修道院へと歩いた。
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(アムステルダム博物館)
 この建物は、17世紀には孤児院だったものである。
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(ペギン会修道院)
 ペギン会修道院についてはブルージュでも紹介したが、この女子修道会に属する独身女性達のための宿舎として、14世紀に設立されたものである。
 
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by YAMATAKE1949 | 2016-06-03 09:58 | 旅行記 | Comments(0)