第37回日本史講座まとめ②(新田開発の増大と農業技術の発達)

2 新田開発の増大と農業技術の発達
1) 新田開発
 17世紀、幕府や諸藩は農民の労働力と江戸・大坂の町人の資本、戦国時代に発達した土木技術などを使って、大規模な開発を進めた。
 この結果、耕地や人口が太閤検地のころに比べて倍増し、農村では、農民がイノシシなどの獣や害虫の除去につとめながら、農具の改良や牛馬の利用、品種改良などを進めて生産性を向上させていった。
a0226578_954183.jpg
(三省堂「日本史B」より)
a0226578_965253.jpg
(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
2) 農具の普及と改良
 最も重要な用水の確保は治水技術の進歩によって各地に用水や溜池がつくられた。揚水具としてはこれまでの竜骨(りゅうこつしゃ)にかわって簡便な踏車(ふみぐるま)が普及していった。
 鍬による田の荒おこしは深く耕せる備中鍬(びちゅうぐわ)が普及し、脱穀はそれまでの扱箸(こきばし)より効率のよい千歯扱(せんばこき)など改良された農具が使われるようになった。扱箸は手間がかかり、後家さんの内職として行われていたが、千歯扱が普及したため後家さんの仕事が無くなり、後家倒しと呼ばれた。また、調整具では唐箕(とうみ)・千石どおしなどが用いられた。
a0226578_9353033.jpg
(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
 牛馬はどの村でも飼われ、運搬や土地のかきならしなどの農作業に使われた。さらに、畿内の進んだ農業や農業技術書が伝わり、各地で立地条件や土壌・気候に適した作物の生産がはじまった。
a0226578_9414283.jpg
(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
3) 商品作物の栽培
 これらによって生産はしだいに伸びたが、農民たちが生活を向上させるためにとったのは商品作物の栽培であった。衣料原料としての桑・麻・木綿・灯油原料としての油菜、染料としての藍・紅花(べにばな)をはじめ、たばこ・茶・野菜なども盛んに栽培され、幕府・諸藩も本田畑以外に植えつけるものとして、いわゆる四木(しぼく)(桑・楮(こうぞ)・漆・茶)・山草(紅花・藍・麻)を奨励した。そのため各地に特産物が生まれるようになり、大阪周辺の木綿と菜種、三河・尾張の木綿、阿波の藍、上野・武蔵野の養蚕、宇治の茶、最上(もがみ)の紅花などは特に有名となった。
 商品作物の栽培には、人糞尿や草木灰のほか、油粕や干鰯(ほしか)などの金肥(購入肥料)を多量に投下し生産性をあげた。
a0226578_959329.jpg
(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
[PR]
by YAMATAKE1949 | 2016-06-06 09:59 | 日本史講座 | Comments(2)
Commented by うさぎ at 2016-06-06 13:00 x
返信ありがとうございます♪
旅行は来週からなので楽しんできますね~♪

絵地図の作成者は日本旅行の添乗員の方ですよ。
http://blog.goo.ne.jp/iwabonmappa
色々な国や都市の物があって可愛らしいですよね。
Commented by YAMATAKE1949 at 2016-06-07 09:03
うさぎさんコメントありがとうございます。
絵地図の件ですが、ブログで確認しましたが、間違いなく同じ絵地図が使われていましたね。JTBの添乗員が嘘をついていたことになりますね。ベテランで大変有能で素晴らしい添乗員さんでしたが、残念です。
 ポーランド旅行楽しんで来てください。