第41回日本史講座のまとめ④ (外圧の高まりと海防の強化)

4 外圧の高まりと海防の強化
1) 列強の東アジア進出
 18世紀後半になると、オランダはイギリスにやぶれて、アジアでの経済的な権益がせばめられたため、オランダ東インド会社が経営難に陥った。オランダに代わって、東アジア世界に進出したのはイギリスだった。
2) ロシアの南下政策
 この頃、ロシアは最大の輸出品の毛皮を得るために北太平洋まで進出したが、冬期しかシベリア大陸を横断できなかったため、生活物質の調達が重要課題となった。18世紀半ばには、ロシアは千島列島から蝦夷地にまで南下し、本国では日本人漂流民を教師とする日本語学校を設立して通商に備えた。
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(三省堂「日本史B」より)
 そして1792年ラクスマンが漂流民大黒屋光太夫(だいこくやこうだゆう)をともなって根室に来航し、日本に通商を求めた。幕府は拒絶したが、長崎での交渉を約束した信用状をラクスマンに与えて帰国させた。
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(三省堂「日本史B」より)
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
3) 海防の強化
 外国船の接近は外国や蝦夷地への関心を一段と高めた。仙台藩士の林子平は、『三国通覧図説』で、日本を取り巻く朝鮮・琉球・蝦夷地と小笠原諸島の情勢を著した。『海国兵談』では外国から攻撃を受ける危険性を指摘し、蝦夷地開拓と江戸の海防の必要性を説いた。幕府は、人心をまどわせるものとして子平を処罰し、その一方で、帰国漂流民から情報を収集するとともに、蝦夷地の調査や江戸湾岸の警備を強化した。
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)

 第42回日本史講座は、6月25日(土)午後2時よりおこないます。
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by YAMATAKE1949 | 2016-06-23 10:22 | 日本史講座 | Comments(0)