第49回日本史講座のまとめ① (殖産興業政策の推進)

 Ⅳ 富国強兵政策の推進
1 殖産興業政策の推進
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
1) 官営模範工場
 明治政府の近代化政策における最も重要な課題は、富国強兵政策であった。経済面においては、欧米諸国の経済制度・技術・機械などの導入による殖産興業政策としてあらわれた。
 政府は幕府や諸藩の鉱山や工場をひきついで官営事業とし、さらに欧米から機械・設備を輸入し、外人技師を招いて官営工場を設立して近代産業の育成をはかった。特に輸出産業として重要であった製糸業の部門では群馬県に富岡製糸場を設立して機械による製糸の生産と女工の養成をはかった。また綿糸紡績業などの部門でも官営模範工場が各地に設立された。
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
 このような殖産興業政策を推進したのは、工部省および、内務省で、特に内務卿大久保利通、工部卿伊藤博文、大蔵卿大隈重信らがその中心となった。

2) 通信・交通制度
 1869年、東京・横浜間に電信が敷設され、1874年には青森・東京・長崎間が開通して幹線がほぼできあがった。
 1871年に前島密(ひそか)の立案によって東京・大阪間ではじめられた郵便事業も、翌年にはポストが設置され、全国一律料金による郵便網が急速に発展した。
 政府はイギリスから外債をあおいで技術を導入し、鉄道敷設に着手した。1872年、新橋・横浜間が開通したのをはじめ、1874年大阪・神戸間、1877年に大阪・京都間が開通した。
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
3) お雇い外国人
 内部・工部省はお雇い外国人と呼ばれる外国人技術者を高給で招いて、先進技術の導入や勧業政策をすすめるとともに、各地に官営模範工場を設立していった。お雇い外国人のなかでも、法律の制定に活躍したフランス人のボアソナード、ドイツ人のロエスレル、日本美術の再評価に貢献したアメリカ人のフェノロサ、建築学の導入に貢献したイギリス人のコンドル、紙幣の印刷を指導したイタリア人のキヨソネらが有名である。
4) 政商
 政府は、資本家や民間企業の育成にもつとめたが、軍事・経済上の理由から大量に物資を運べる船舶を重視したので、援助を受けた岩崎弥太郎の三菱会社が海運業で膨大な利益をあげた。このような大事業家を政商と呼んでいる。政商にはこのほか、渋沢栄一・五代友厚ら高級官僚出身者や三井組・小野組・島田組などの特権商人らがいた。
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(東京書籍「図説日本史」より)
5) 貨幣制度の整備
 財政基盤の弱い政府は、1868年に太政官札を発行したが、政府の発行する不換紙幣への信用は低かった。そこで、1871年、新貨条例を公布して金・銀・銅を鋳造し、円・銭・厘を単位に十進法を採用し、全国一律の貨幣制度を調えた。翌年、政府は金融制度の整備を進め、国立銀行条例を定めて民間銀行の設立を促し、渋沢栄一らが中心となり、我が国初の近代銀行として第一国立銀行など4行が設立された。
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(東京書籍「図説日本史」より)
 
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by YAMATAKE1949 | 2016-12-01 10:53 | 日本史講座 | Comments(0)