第55回日本史講座のまとめ①(日清戦争後の台湾と朝鮮)

4 日清戦争後の台湾と朝鮮
1)台湾
 日本の領土となった台湾では、1895年、島民による激しい抵抗運動が起こった。日本は軍隊を派遣して制圧にあたらせた。そして、台北に台湾総督府を設置して初代総督に海軍軍人を任命し、台湾島民に日本語を強制するなど大日本帝国の一員になることを求める同化政策をすすめた。さらに土地の所有者の確定と租税制度、道路・鉄道・港湾などを整備し、1897年には紙幣発行銀行として台湾銀行を設立して、日本の企業が台湾に進出しやすい基盤を築いていった。台湾は日本が得た初の植民地であり、その植民地支配の仕組みは、朝鮮などその後の日本の植民地支配の手本となった。台湾は1945年まで日本が統治したが、日本に対する抵抗運動は最後まで続けられた。
(「小学館 日本の歴史26」より)
a0226578_09144586.jpg


2)朝鮮
清の服属から離れた朝鮮では、三国干渉をきっかけに、ロシアへ接近していった。これに対して、1895年、日本講師の三浦梧楼らが親日政権の樹立をめざして国王高宗の王妃である閔妃(びんひ)(明成皇后)らを殺害した。これが閔妃殺害事件と呼ばれるもので、「三浦公使らは王宮の奥深くまで侵入して王妃や宮内大臣らを惨殺し、さらに王妃の死体を前庭にひきだし、裸にしたうえ局部をあらため、油をかけて焼き捨てるという暴挙をはたらいた。クーデターとはいえ一国の王妃にたいしてこれほど残虐で破廉恥(はれんち)な行為を実行した者がほかにあるだろうか。」(「小学館 日本の歴史26」より)これに対して朝鮮では日本への猛烈な反発が起こった。1897年、高宗は独立国であることを示すために、国名を朝鮮から大韓帝国(韓国)と改め、一段とロシアへ接近したため、日本の影響力は急速に弱まった。
(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
a0226578_09155377.jpg

参考文献
「三省堂 日本史B」「山川出版 日本史研究」「小学館 日本の歴史26」

[PR]
by YAMATAKE1949 | 2017-04-10 09:16 | 日本史講座 | Comments(0)