第67回日本史講座のまとめ④(文化の統制と弾圧)

Ⅳ 文化の統制と弾圧
1 学問・思想統制の強化
 政府は、戦争に批判的な学問や思想を徹底的に弾圧し、戦争の拡大とともに、共産主義だけでなく、自由主義も危険視するようになり、弾圧の対象を拡大していった。そして、1937~38年には、人民戦線結成を企てたとの理由で、大内兵衛(ひょうえ)・美濃部亮吉らの学者・文化人たちが検挙された人民戦線事件が起こった。さらに1940年には、日本古代史の実証的研究が国粋主義者たちによって皇室の尊厳を傷つけるものとして非難され、著作が発禁処分となり大学を追われた。また政府は、不安な世相を反映して信者を増やしていた大本(おおもと)教やひとのみちなどの宗教団体に対して、天皇に対して不敬な行いをしたとして不敬罪や、治安維持法・宗教団体法を適用して弾圧した。
2 戦時体制下の文化
1)学問と芸術
 このような状態のもとでは、学問の自由な発展を望むことはますます困難となった。
 歴史学の分野では、昭和の初めにはマルクス主義の立場からする日本近代史の本格的な研究が始まり、「日本資本主義発達史講座」の編集などが行われた。講座派・労農派による日本資本主義や明治維新の本質規定をめぐる論争が活発となった。しかし、1930年代後半からは平泉澄(きよし)を中心とする国粋主義的な皇国史学が流行し、特に歴史教育を通じて、天皇中心の歴史観が教え込まれた。
 哲学部門ではわずかにドイツ新カント派の流れをくむ西田哲学が日本の観念論哲学として知識人の心をとらえていった。
 文学の分野では、1920年代後半に活躍したプロレタリア文学作家の多くが、1930年代に入ると弾圧の強化にともなって転向し、しだいにおとろえた。一方、プロレタリア文学に対抗して新感覚派とよばれるなかから、横光利一・川端康成・などが出て活躍した。また、谷崎潤一郎・永井荷風・徳田秋声・島崎藤村・志賀直哉らの大家たちも、創作活動をつづけていた。しかし、戦争が拡大すると、戦場の現実や銃後の生活をリアルに描いた火野葦平や石川達三のような作家も出た。だが、戦時体制が強化されるとそうした作品も抑圧され、かわって、愛国主義を先取した日本浪漫派(ろうまんは)らの言論活動が青年らに共感をえるようになった。
a0226578_10470446.jpg
(三省堂「日本史B」より)
2)国民生活
 政府は、国民の生活や風俗など全般にわたって統制を強化して「挙国一致」の体制を維持しようとした。そのため、映画・落語などへの検閲も強化され、歌は軍歌が流行し、戦場での勝利の場面を上映するニュース映画が国民を熱狂させた。新聞は軍部に屈し、自主規制と戦争協力を鮮明にしていった。大衆娯楽雑誌や婦人雑誌などもまた、戦意高揚の内容へ大きく傾斜していった。政治や経済などへの論評を掲載していた総合雑誌は、事前検閲で全面削除や発禁処分を受けるものが増え、廃刊に追い込まれるものもあった。
a0226578_10483898.jpg
(東京書籍「図説日本史」より)
 次回の第68回日本史講座は、11月11日(土)午後2時より行う予定です。
[PR]
by YAMATAKE1949 | 2017-11-03 10:50 | 日本史講座 | Comments(1)
Commented by T.kajinami at 2017-11-10 20:27 x
明日の講座のため前回第67回のまとめを復習しました。
楽しく勉強させてもらっています。