第70回日本史講座のまとめ②(日本の占領)


2 日本の占領
1)日本の占領
  1945年8月30日、連合国軍最高司令官マッカーサーが来日し、9月2日、東京湾上の戦艦ミズーリ号の甲板上で連合国と日本政府との間で降伏文書の調印式が行われた。この結果、日本の主権が及ぶ範囲は北海道・本州・四国・九州と、連合国の定める諸小島にかぎられ、台湾・澎湖諸島は中国に返還され、朝鮮は日本の植民地から離れ、南洋諸島はアメリカの信託統治領となった。沖縄・奄美・小笠原の各諸島に対する日本の行政権は停止されてアメリカ軍の軍政下に置かれ、沖縄は琉球と呼ぶようになり、千島列島・南樺太はソ連に占領された。
2)占領方法
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
 私は高校生に、なぜ日本人には外国軍に占領されたという意識がないのかという発問をしたが、生徒は答えられなかった。しかし、今回、受講者から「間接統治だったから」という正解が返ってきたが、受講者の中にはよく勉強されている方がおられる。アメリカが直接統治をおこなわなかった理由は、日本の敗戦がアメリカの予想よりも早かったため、直接統治を行う準備が整っていなかったことと、間接統治の方がよりスムーズに占領政策を遂行できると考えたからである。 連合国は、極東委員会を占領政策の最高決定機関としてワシントンに置いた。はじめ11か国であったが、のちビルマとパキスタンが加わった。また、実際に占領政策を指令する執行機関として、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)を東京に置いた。また、米・英・中・ソで構成されたGHQの諮問機関として対日理事会が東京に置かれた。アメリカ政府とマッカーサーは、天皇を戦犯として裁判にかけると占領政策が円滑に実現できなくなると判断し、国際的に批判があったが天皇を訴追しなかった。 
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by YAMATAKE1949 | 2018-01-16 10:48 | 日本史講座 | Comments(0)