第74回日本史講座のまとめ④(経済の復興と発展)

Ⅲ 経済の復興と発展
1 高度経済成長政策
 日本経済は急速に復興したが、1953年に朝鮮戦争が休戦すると、朝鮮特需で経済復興を果たした日本経済は不況におちいった。
 1955年、経済界は生産性本部をまた政府も経済企画庁を設けて、新たな経済成長に向けての取り組みを開始した。政府は、『経済白書』で、「もはや戦後ではない」と宣言し、重化学工業の育成と合理化を進めて、国際競争力を強化するという高度経済成長政策を打ち出した。これを受けて、大企業は、合理化と最新設備への投資を積極的に行っていった。こうした大企業には、東南アジア各国に道路建設・鉄道敷設・水力発電所建設などで支払うことになった政府の賠償事業が任せられたため、大企業は長期にわたる事業をとおして東南アジア進出ができるようになった。
 一方、合理化に反対して自動車・電機・石炭などの基幹産業では大規模な労働争議が起こったが、なかでも、石炭から石油へのエネルギー政策の転換によって、厳しい合理化を迫られた炭鉱の争議は激しく、1959年から1960年にかけて起こった福岡県の三井三池争議は全国から支援を受けて闘われた。この闘争は会社側が1214名の指名解雇を通告し、その中には、組合活動家たち約300人が含まれていた。これに対し労組は全山ストライキに入り、いわゆる「三池争議」が始まった。闘争は長びいていき、会社側のてこ入れによって第2組合がつくられ、暴力団や警察隊を投入してストライキを崩そうとした。三池の闘いはしだいに全国の労働者の中に広まり、安保闘争と強く結びついていった。
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(東京法令「日本史のアーカイブ」より)
2 テレビの誕生と大衆文化
1)テレビの誕生
 産業界が民間向け生産を重視し始めると、電気器具などの耐久消費財の大量生産が進み、テレビ・洗濯機・冷蔵庫が「三種の神器」と呼ばれて、家庭になくてはならないものとして普及した。
 テレビは1953年1月、シャープが国産第1号を17万5000円で発売したが、当時の大卒の初任給が5000円だから給料の35倍の値段であった。2月にNHKと民間テレビ局が放送を開始した。テレビをとおして、プロレスの力道山、プロ野球の長嶋茂雄、歌手の美空ひばりなどの大スターが誕生した。
2)戦後の文学
  文学の世界では、安岡正太郎・吉行淳之介・阿川弘之・遠藤周作らが戦後派文学の第三の新人と呼ばれた。また、三島由紀夫は、敗戦による挫折体験から出発し独特の文学をえがき続けた。一方、新聞や大衆雑誌には、純文学に社会性や通俗性と娯楽性を加えた、石坂洋次郎や大佛次郎(おさらぎじろう)・獅子文六・吉川英治らの中間小説と呼ばれる作品が掲載され、小説ブームをつくった。

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by YAMATAKE1949 | 2018-03-16 09:36 | 日本史講座 | Comments(0)