第77回(最終回)日本史講座のまとめ④(世界の変動と日本の課題)

 Ⅲ 世界の変動と日本の課題
1 世界経済の不安定と国際協調
1)経済の国際協調の加速化
 1980年代のアメリカの高金利政策とドル高によって、発展途上国の累積債務問題が深刻になり、1989年には債務の金利減免や債務額の削減を求める提案がG5で合意された。また、1986年から始まったウルグアイ・ラウンドで農業をめぐって、アメリカとヨーロッパや日本が対立するなど交渉が難航する中で、1989年の北米自由貿易協定(NAFTA)や、1992年のヨーロッパ統合(EU)や、ASEAN自由貿易地域(AFTA)などの地域的な経済統合の動きが強まっている。
2)先進国首脳会議(サミット)
 さらに金融の自由化とともに、資金の国際移動が大きくなり、各国による通貨への協調介入が不可欠となり、毎年開催される先進国首脳会議(サミット)などで各国の経済政策の相互調整が必要となっている。
2 冷戦体制の終焉
1)ソ連
 1985年にゴルバチョフがソ連共産党書記長に就任すると、ソ連ではペレストロイカ(改革)とグラスノスチ(情報公開)が推し進められた。破綻した中央指令型の計画経済の立て直しのために市場経済の導入が図られ、政治面では民主化と軍縮が推進された。1987年の米ソ首脳会談でINF全廃(中距離核戦力廃棄に関する2国間)条約が締結され、1988年にはアフガニスタン和平協定が結ばれ、ソ連軍のアフガン撤兵が実現した。1989年には地中海のマルタ島で米ソ首脳会談が開かれ、冷戦の終結が確認された。1991年、保守派のクーデターの失敗によって、8月にソ連共産党は解体し、さらにバルト3国の独立をきっかけに、各共和国は次々に独立し、11の共和国からなる独立国家共同体(CIS)が発足した。
2)ドイツ
 1989年11月にベルリンの壁が取り払われ、翌1990年、東西ドイツの統一が実現し、ソ連によって改革が抑えられていた東欧諸国でも次々と自由化・民主化が進んだ。
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(東京書籍「図説日本史」より)
3 冷戦後の世界と日本
1)冷戦後の世界
 冷戦は終わったが、世界の政治はいぜん不安定な要因を抱えている。中国では経済の近代化が推進される一方、1989年には民主化を求める民衆を軍隊が弾圧するという天安門事件が起き、また、パレスチナ問題はいぜん未解決のままである。
 1990年にはイラクのフセイン大統領によるクウェート侵攻が起き、国連は経済制裁を課し、アメリカ軍を中心とする多国籍軍はイラクに激しい攻撃を加えるという湾岸戦争により、クウェートを解放した。そして、2001年にアメリカで同時多発テロが起きると、冷戦後、唯一の超大国となったアメリカのG.W.ブッシュ大統領は対テロ戦争を宣言し、アフガニスタンを攻撃した。さらに米英軍はイラクを攻撃してフセイン政権を倒した。しかし、イラク攻撃をめぐってドイツ・フランス・ロシアから批判が起きるなど、国際的な安全保障体制は確立されていない。
2)日本の国際的立場
 日本国内では、湾岸戦争の戦費負担をきっかけに、国際平和に対する日本の貢献のあり方をめぐる議論がおき、1992年、政府は国連平和維持活動(PKO)をめぐる法案を通過させ自衛隊をカンボジアに派遣した。また2001年にはインド洋に、2004年にはイラクにも自衛隊を派遣した。今後も平和憲法と経済大国化した日本の国際貢献のあり方について、検討しなければならない課題は多い。
 また、日本には外国人労働者が急激に増加する中、部落差別や在日韓国・朝鮮人に対する偏見や差別をなくすことがますます大切になってきている。女性への差別も、1985年に男女雇用機会均等法が制定されたものの、母性保護という観点からは問題を残している。さらに、フロンガスや二酸化炭素による地球温暖化や原子力発電問題など科学技術がもたらす問題もますます深刻化している。
 2014年7月26日から始まった日本史講座も今日で最終回となりましたが、この講座で日本史が少しは理解できたでしょうか。
次回の歴史講座は、5月26日(土)午後2時より、「生活文化の世界史①」を始めたいと思います。
 
 

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by YAMATAKE1949 | 2018-05-18 10:01 | 日本史講座 | Comments(0)