2 バブル経済と平成不況
1)バブル経済
 日本経済は、1985年の急速な円高によって、大幅な貿易黒字が生まれたものの、国内では、設備投資が停滞したために、余剰資金が生じるようになるなど、一時的に円高不況に陥った。円高不況によって、地方経済が落ち込む中、東京は国際金融の拠点の一つとなり、政治や経済の情報が集中するにつれ、経済の東京一極集中化現象がますます進むことになった。一方、余剰資金を抱えた企業や銀行などの金融機関は、土地や株式を投機的に買ったり、資金の貸し付けを積極的に行うようになった。そのため、日本国内では、地価や株価・絵画・ゴルフ会員権が急激に上昇し、いわゆるバブル景気をむかえた。土地価格の上昇はすさまじく、当時の東京23区の価格でアメリカ全土が買えるほど日本の土地価格は高騰し、日経平均株価は1989年には、史上最高値38,957円を付けるなどし、資産価格のバブル化が起こっていた。また、対外金融資産にも投資され、日本企業の海外進出も進み、1988年末には日本の対外資産残高は世界第1位となった。
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(東京書籍「図説日本史」より)
2)平成不況
 こうした企業や金融機関の動きによって、資産や所得の格差が拡大していったため、政府や日本銀行が土地への融資の規制や金利の引き上げを行ったため、地価や株価が一転して、急激に下落した。その結果、投機に走った企業の一部は倒産し、金融機関の不良債権問題が表面化し、日本経済は長期にわたる不況に陥ったが、これを平成不況と呼ぶ。この間も、円高が進んだため、輸出が割高になった企業の中には、生産拠点をアジアを中心とした海外に移す動きが強まった。

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