【授業のねらい】
 Ⅰ 日本軍国主義の台頭と日中戦争
① なぜ満州事変が起こされたのか、また満州国とはどのような国家であったのかを理解させる。
② 長征とは何か、また、八一宣言の影響を受けて抗日民族統一戦線が結成された経過を理解させる。
③ なぜ日中戦争が起こされたのか、また、戦争の過程で、なぜ南京大虐殺が起こされたのかを考えさせる。
④ なぜイタリアはエチオピアを侵略したのか、その結果世界はどのように変わっていったかを理解させる。
【授業展開】
 Ⅰ 日本軍国主義の台頭と日中戦争
1 日本の植民地支配と満州侵略
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資料①A((小学館「日本の歴史30」)
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資料①B(小学館「日本の歴史30」)
問① 上の資料①のAとBの写真はいつの時代でしょうか。また、それぞれ何を表しているでしょうか。
問② なぜこのような悲惨な状態が生まれたのか、その歴史的背景について調べてみよう。
(解説)
第一次世界大戦で好況をつづけた日本も、戦後の不況と関東大震災で大きな打撃を受けた。1929年に世界恐慌がおきると、その打撃は農村において最も深刻であった。家計を助けるために都市に出稼ぎに出ていた農村出身の労働者は職を失って帰村したうえ、米価をはじめ農産物価格の暴落によって農家経済は苦しくなった。とくに生糸の輸出が激減したため、繭の価格が暴落し、農村の副業である養蚕業は壊滅的な打撃を受けた。1932年の農林省の調査によると、新潟県では、年頃の娘がいなくなると、小学生の児童までも売る傾向が増えてきた。子供の値段は尋常3年くらいで100円、卒業したもので400円といった状態であった。また、文部省の調査によると、農漁村の欠食児童は、北海道1万899、青森の6107、秋田の996、岩手の3539という人数に達し、全国の欠食児童は20万人を突破するという状態であった。(小学館「日本の歴史30」)資料①の大根をかじる欠食児童は昭和9(1934)年の岩手県遠野の上郷村で撮影されたものである。
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